言わなくても、気づいている
「一、次当たるからノート貸してくれ」
「僕のノートは白紙だけど」
「は!?じゃあなんでいつも当てられて答えられるんだよ」
「答えがわかってるからじゃないかな」
「頭良いアピールか!」
「そういうわけじゃないんだけど」

「じゃあいいよ!ここの答え教えてくれ!」解き方ではなく答えを率直に聞いてくるクラスメイト、ちょっとは自分で考えた?そう思いながらどこ?と声を出したところでクラスメイトが「あ」と声を上げた。なに?クラスメイトは苦笑を浮かべ指を指す。その先に

「影山君だ」
「べったり懐かれてるよなお前。これは違うやつに聞くわ」
「まったく…仕方ないなぁ」

クラスメイトもだいぶ慣れたらしい、そりゃあ毎日こんな感じだからね。目つきを悪くして黒いオーラを放つ影山君の元へ行く。どうせあれでしょ、先輩にまたサーブ教えてもらえなかったって言う愚痴でしょ。まったくもう、意地の悪い先輩も居たもんだ。頭をぽんぽんと撫でて、むすっとした影山君に笑い掛ける。





「及川さん、やだねバーカバーカ!って言って一向に教えてくれない」
「影山君その及川さんに嫌われる様な事でもした?」
「……してない、教えてって行くだけ。他の奴には教えてやるくせに、俺には何にも教えてくれない」

階段に座って縮こまる影山君の頭を撫でながら話を聞く。どうやらピンポイントで目の敵にされているらしい影山君はどうしていいかわからないようだ。部外者がとやかく言っていい内容ではないだろう、僕は話を聞いてあげるだけだ。

「影山君はどうしても、その人に教わりたいの?他の人は?」
「及川さんのサーブが一番いい、あの人に教わりたい。でもあの人天才嫌いだって言うんだ」
「天才、ね…」

的確だと思った。影山君は昔からバレーをしている今年で5年目だ、並大抵の努力じゃ影山君と肩を並べるのは難しいだろう。それに影山君は努力家だ、努力…というかバレーしか見えていない。追いつこうと努力しても彼はどんどんと先を走って行ってしまう。そんな子が傍に居たら、確かに嫌かな。尋常な圧迫感が押し寄せる。影山君が言う彼は、それを感じ取っているんだろう。教えたら最後だ、その技術を飲み込んだ影山君はきっとその彼を抜かしてしまう。僕は失礼にも、その及川さんが可哀想だと思った。だってそうだろ、こんな子に目を付けられてしまったのだから。
しょんぼりとする影山君の頭を撫でる。「あまりしつこいと、本気で及川さんに嫌われてしまうよ」多分もう遅いと思うけどね、心の中で呟いた。


さて、ここで僕の本音だ
僕は影山飛雄という人間が苦手だ。


◇ ◆ ◇


彼ほど脅威に感じるのもは中々無いんじゃないかな。僕は彼の憧れの対象が僕で無かった事に心底安堵している。僕メンタル強くないし、見た目通りだよ。彼を怖いと感じたのは何時だったか、多分2年くらい前だ。影山君が試合に出るから見に来てくれ、僕にそう言ったのだ。可愛い弟分の頼みだ、どうせ暇なのだし試合観戦くらいなら、なんて行ったのが間違いだった。行かなきゃよかったと後悔する。行かなければ、彼のきらきらと輝く瞳彼のプレーを見なければ、僕はまだ勘違いしたままでいられたのに。手のかかる可愛い弟分の、面倒見の良い兄貴分でいられたというのに。精神年齢がだいぶ上のくせに、この子供を激しく怖いと感じた。

僕が見た試合は影山君の活躍によって勝利を収める。試合が終わって満面の笑みを浮かべて僕に手を振る影山君に笑って手を振り返した。僕はちゃんと笑えているだろうか。僕の顔を見て弾丸のように飛んできた影山君が僕の腰に腕を回す。ああ、ちゃんと笑えてたみたい。大丈夫、怖くない。僕はこの子のお手本にはならない。言い聞かせて僕は彼の頭を撫でた。








「こんにちは」
「…?えっと、こんにちは?」

彼は監督に首を掴まれ「これからミーティングだ」と連れて行ってしまった。さて、どうしようかな、僕は会場の外、何も咲いていない花壇に腰かけた。そこで夕暮れを眺めていたら、人当たりの良さそうな笑みを浮かべる男子に声を掛けられた。突然掛けられた声に吃驚しながらも僕は彼の顔を見る。知り合いではないだろう、見憶えも無いしこんな他人行儀な挨拶もしないだろう。

「俺、北川第一の1年なんだ」
「…そう、ですか…?」
「君あのセッター君の知り合いでしょ、抱きつかれてたし」
「兄貴分ではあります」
「学区からして、来るのはウチだよね?」
「…多分?」
「そっか」

どんよりとした目を見た。ああと理解する。肩を落として僕は笑う、可哀想にと心底思った。君は塗り潰される人間か。今1年ってことは影山君が入学する時には3年か、嫌だなぁ最上級生が1年に怯えなきゃいけないって。酷く他人事、僕は彼に関してはあまり関わりたくないんだ。そんな僕の心情を知ってか知らずか、いや多分知ってた。だから話したんだろう。僕の隣に腰かけ、彼は口を開く。


「俺天才って嫌いなんだよね、凡人がいくら努力しても全然追いつけない」
「あの子だって努力しているよ」
「だろうね、それだって天才の一部分だ」
「…そうだね、うん。その通りだ。だって彼はバレー以外の事はしないからね」

それ以外を知らない、周りの子供がゲームで遊ぼうとも影山君は一切興味を示さない。見えているのはバレーボールただ一つ。「でも君は特別みたいだね」そうかもしれない、だけど彼からしてみればきっと僕はバレーの一部分だ。彼がバレーを始めたきっかけは僕だから。

「君は可哀想だね」
「それを君が言うの?2年後には彼は君の脅威だよ」
「そうだね、2年後だ。だけど君はこれからずっとあの子の隣に居るんだろ?」

肩をすくめた。ずっと、だなんて恐ろしい事を言う。でもその通りだ、僕は僕にひどく懐いている影山君を切り捨てることは無い。あっちが離れるまでは僕はそのままだ。離れてたからだって、きっと僕は僕のままでいる。

「俺、君となら仲良くなれそう」
「はは、御免被るよ」

バレーやってる人とは関わり合いたくないからね、僕は立ち上がった。ざわざわと声が響く。視線の先には影山君。君も帰りなよ、目でそう訴えかけると「わかったよ、またね」彼は去っていった。またねってまた会う気満々なんだね。

なんて、結局彼に会う事は無かった。
今まで、は


◇ ◆ ◇



「やぁ久しぶりだね、一君」
「………」
「あれ…俺の事憶えてない?」
「憶えてるよ、残念ながらね」
「残念とか酷いね」

あの頃よりだいぶ大人びた彼が居た。なんで名前を知ってるの、そう聞くと「飛雄ちゃんから聞いたんだよ」彼は笑った。飛雄ちゃん…なんだ影山君とは仲良くやってそうじゃないか、そう言ったら「冗談じゃない」吐き捨てるように彼は言った。うん、悪かった。今も変わらず、前以上に嫌いなようだね。両手を上げた。

「一方的に俺は君を知ってる、けど君は俺を知らないだろ?」
「予想は付いた」
「なぁに?」
「影山君の言うサーブ教えてほしいセッターだろ?ねぇ及川さん」
「大正解!俺が及川さんだよ」

及川徹、知っての通り飛雄ちゃんの先輩でセッター。よろしくね一君、差し出された手をどうしようかと悩む。「なにさ、仲良くしてくれないの?」出来る事ならそうしたいものだよ。

「良いじゃん被害者同士、傷のなめ合いでもしようよ」
「君そこまで悲観してるの?ああ、違う。悲観してるんですか?」
「敬語止めてよ、俺は君と対等でいたいんだよ。年とか関係なくね」

良く言うよ、君だって影山君と同じ立場かそれに近しい場所にいるじゃないか。あの子ずっと及川さんの話しかしないんだよ?僕だけ置いてけぼりじゃないか。隣に居たいわけではないんだけどさ。


「なぁに一君、君は俺が天才だとでも言いたいわけ?」
「その通りだけど。影山君から聞いてるけどかなりの腕前なんだろ?」
「まぁね、血反吐出るくらいまで努力したつもり。まだ足りないけど」
「やだやだ、凡人からしてみたら及川さんも影山君も変わりない天才の括りだよ」
「飛雄ちゃんと一緒とか死にたくなるからやめて」

今度は可笑しそうに笑った。なんだか面倒事になりそうだなぁ「今日部活無いんだよね、ちょっと放課後お話しようか?」有無言わせない笑顔を浮かべる及川さんに僕は苦笑を浮かべるばかりだ。逃げられないんだろうなぁ…これ。「逃げたらどうなるか、わかってるよね?」口にもしっかり出した及川さんに「わかったよ、放課後屋上入口の踊り場でね」そう言ったら満足そうな表情をした。










「…あれ、知…」
「あれ、一の弟じゃん」
「弟じゃない、です」
「わかってるよー。一ならもう荷物持って出てったけど」
「…え」
「何も聞いてない?」
「………」

知が俺に何も言わずに一人で帰る事なんて無かったのに。ぽつり少年は零した。

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