この日出逢わなければ
昔から子供は好きだったんだと思う。自分だって子供のくせになんて面白おかしく感じる。「何笑ってんだ?」青い瞳が僕を見上げた。なんでもないさ、ただの思い出し笑いだ。僕は影山くんの頭を撫でた。知って頭撫でるの好きだよな。そうかな、きっと癖なんだよ。

「俺、知に頭撫でられるの嫌いじゃない」

なんか、父さんみたいだ。影山くんは不思議そうな表情をしていた。父親か、流石にそれはないよ。でもまぁ子供って妙に鋭いよね。僕は肩を落とした。今の君よりだいぶ歳上なんだよ実は、今の僕は君のたったひとつ歳上なだけだけど。ああ、まったく笑えない話だと僕は笑う。そんな様子に影山くんはボールを抱えて首を傾げるばかりだった。


◇ ◆ ◇



一知、享年…いくつだったかな。自分がいつ死んだかどうやって死んだかは覚えていない。いろんなことを忘れて、忘れていないものがあった。今の僕には関係がないから、いつかきっと忘れてしまうだろう。ただこれだけは憶えている、きっと頭の悪い僕でも忘れない。僕は死んで生まれ変わった、この不可思議な事実だけは変えようのない現実で幻想だ。頭にそれだけ刻み込んで今まで生きてきた。
変に大人びていた僕は近所や小学校ではお兄さん役だった。「一君はしっかりしているから下の子任せられるわね」そんなことを言う先生、いやいやそういうのは5、6年に任せるものではないだろうか。まぁ子供の世話は嫌いじゃない。そうやって下の子達の面倒を見ていた時、あの子に出会った。


「バレーは一人じゃできないよ」
「…だれ?」
「僕は一知、君は?」
「…影山、飛雄」

影山君は1年生の誕生日に父に貰ったというバレーボールを大事そうに抱えていた。そのボールで遊ぼうという様子は無かった。そのボールの使い方を知らなかったらしい影山君に「ちょっと貸してごらん」レシーブをするような形でボールを上に上げる。影山君が目を輝かせた。

「お父さんバレーボール好きなの?」
「テレビで見てた、飛雄もバレーの選手になればいいって頭撫でて、それでこれくれた」

影山君のお父さん、ボールだけ渡さずに一緒に遊んであげてくれ。息子の遊び道具が一つ増えただけ、影山君のお父さんはそう思ったんだろうけどそもそも遊び道具にすらなってなかったよ。「友達は?」そう聞くと影山君は首を振った。なんか僕みたいだなぁ…コミュ症ではなかったけど友人は…うん。まあそんな感じだ。同学年じゃなくてごめんね、そうやって影山君の初の友だちになって、一緒にバレーをした。運動不足でひ弱な僕にはちょっとつらかった。


「俺、バレーの選手になりたい」
「仮面ライダーとかにならなくて良い?」
「…ぅ、いい。仮面ライダーは違う人に譲る」

ちょっと心揺らいでる影山君が可愛かった。
バレーやりたい!とボールを抱きしめる影山君の頭を撫でて、家に連れ帰る。誘拐とかじゃないです勘違いしないでください。玄関の横に詰まれたチラシの束からお目当てのものを見つける。

「ここら辺の地区の子供がやってるバレークラブ、近くの市営体育館で毎週木金土曜にやってるみたいだよ」

そう言ってチラシを影山君に渡した。受け取った影山君は目をキラキラとさせて満面の笑みを浮かべる。「お父さんにこれを見せてバレーやりたいって言うんだよ」頭を撫でると「うん!」と元気よく返事をした。



そうして翌日、小学校にて


「知一緒にやろう!」
「呼び捨てかよ影山君」

良いけどさ別に。後ろから抱きついてきた影山君をなんとか引きはがす、不満そうな顔はやめてくれ。昨日渡したチラシをバッ!と僕に押し付け「一緒にやろう!」と連呼する。

「お父さん良いって言った?」
「言った!電話してくれて木曜から行く!」
「おーそっか、よかったね」
「知もやろう!」
「僕はちょっと」

僕身体弱いんだよ。決して動きたくないわけじゃない、そういうわけじゃないんだ本当に。本当に身体弱いだけでさ、うん。むー、と頬を膨らませる影山君にごめんねと謝って頭を撫でた。ずーっとむすっとしてた。ごめんってば。「わかった!」凄く力強く返事をして影山君は走り去った。良かった、引いてくれて。影山君の背中を見送ってからゆったりと自分の教室の荷物を取りに向かった。




「ただいま」

おかえりー、母の声が響いた。靴を脱いでいる途中「さっきね」母が玄関まで顔を出してきた。「うん?」靴を脱いでスリッパを履く。母が「多分あんたの小学校の子だと思うんだけど」うん?僕は首を傾げた。


「影山飛雄くん、って言ってたかしら?」
「あ、うん。影山君ね、1個下だよ。影山君が?」
「知を俺にください!って言ってきたのよ」
「ぶはっ!」

噴き出した、なんて事言ってるんだ影山君。「お母さんも笑っちゃって…聞くとバレー一緒にやりたいって言うし」本人駄目なら親にってか、意外と考えるな影山君。「悪いけど断ったわ」そりゃあそうだろう、僕は多分周りに迷惑しかかけないからね。「影山君にうちの知は無理するとすぐ死んじゃうからだめなのよー、って言っておいたからね」いや母さんそんな簡単にぽっくりいかないから、助かるけど大雑把過ぎるからその説明。

「顔真っ青にして帰っちゃったから明日よろしくね」
「明日一番で泣き付かれそう」

その予想は大当たりで、翌日大泣しながら僕の腰にしがみ付いて「死なないで知!」と叫ぶ影山君の姿が小学校で色んな人に目撃された。当分死ぬ予定は無いから泣きやんでくれ。



◇ ◆ ◇



「ってことが小学生の頃あったの憶えてない?」
「憶えてない」

可愛らしかった影山君は真っ黒に成長してしまった、色的な意味で。学ランを纏う中学生の影山君はツーンとつまらなそうな表情だ、ああ、憶えてるんだな。僕は抉るように「あの頃は僕の後ろをよく付いてきてさ、抱きついてきたよね…って今も変わらないか」ガッと蹴られた、痛いよ骨折れるからやめて。影山君は顔を真っ赤にして「知ボゲェ!」と怒鳴った。まったく、仮にも僕は君の先輩だよ。宥めるように影山君の頭に手を乗せた。

「仮にもって言う辺り知って腰低いよな」
「うるさいよ」

なんでこう、小生意気に育ってしまったんだろうね。僕は育て方を間違ってない筈だけど…思春期だと思っておこう。授業予鈴のチャイムが鳴った。「授業中寝ちゃ駄目だからね」「……」顔を背ける影山君の頭をぐしゃぐしゃと撫でて「今度勉強教えてって言っても教えてやんないよ」そう言うと顔を歪ませた。僕だって記憶力は良くないけどちゃんとテストは良い点数だよ。

「けほ、」
「風邪か?」
「んー」
「ほんと知ひ弱だよな」

否定はしないよ、無理はしているからね。
何も言わずに僕は笑った。

× | >>
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -