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「師匠がこう幼いのは新鮮ですね!元から童貞でしたけど更に幼くなって。どうです?師匠、同年代から見た姫ちゃんは!」
「童貞言うな童顔だろ!」
「はっ!師匠がセクハラ発言を!」
「姫ちゃんが先に言ったんだからね」

仕事でいーたんの面倒見れないからさ、代わりに置いて行ってやる。そう言って僕の前に現れたのはもう二度と見ることは無いと思っていた明るい笑顔だった。紫木一姫、普通じゃなかった女子高生、ジグザグ。そんな子が普通すぎる笑みを浮かべて僕を「師匠」と呼んだ。   そしてこいつは邂逅一番動けない僕に突進して縫った傷を開かせるという大事件を起こし僕は1週間面会謝絶(主に姫ちゃんに)になった。

「師匠ってば相変わらずひ弱なんですね」
「ぼろぼろの身体で入院してるやつに何てこと言うんだ姫ちゃん」
「姫ちゃんなんで師匠が入院してるか聞いてないんですけど。そんなぼろぼろでどうしたんです?」
「姫ちゃんの無い胸に見とれて道を歩いていたら潤さんのコブラに突進されたんだよ」
「師匠ってば私の無い胸に見とれ…って無い胸ってなんですかー!失礼です失礼すぎます!」
「へぇ、じゃあ姫ちゃん胸有るんだ。触らせてよ」
「いいですよ師匠!私のないすばでぃ…って完全にセクハラです!」

相変わらず頭は弱そうだった。怒りながら果物ナイフをクルクルと指先で回し、檸檬の皮を桂剥きにしていく。まさかとは思うけどその檸檬僕に食べさせる気じゃないよね?「そう言えば師匠」檸檬に目を落としたまま姫ちゃんが口を開いた。


「さっき師匠のお家に着替えとか取りに行ったときなんですけど」
「うん?」
「不審者がいました。きっと鳥が巣立った後です」
「…?ああ、空き巣ね…空き巣!?」
「はい、姫ちゃんが師匠のお家から金銭かっぱらって出てきた時」
「おい姫ちゃん」
「じーっと姫ちゃん見つめられました」
「そりゃあ姫ちゃんが泥棒だったからね」
「きっと姫ちゃんに惚れてしまったんです、姫ちゃんモテモテ!」

きゃっ!と頬を押さえる姫ちゃんに僕は何も言えなかった。しかし僕の家を見ていた人か…姫ちゃんが言うに男で「姫ちゃん、どんな人だった?」「師匠より遥かにイケメンでした」なんか心臓抉られる感覚だったちくしょう。

「えっとですねー、結構身長が大きくてですね、さっきも言った通りイケメンでちょっとチャラチャラしてそうな…あと白い学生服でした!」
「白の制服って…他に特徴は?」
「茶髪でした!」

ふむ、茶髪のイケメン…明らかに空き巣ではないけどそんな知り合い僕に居たかな?憶えが無「及川徹と名乗っていました!」名乗ってるのかよ!って及川君?ピースを当て嵌めると確かに及川君だった。ごめん及川君存在をすっかり忘れていたよ。

「師匠とどういう関係か聞かれたので師匠は師匠ですと答えておきました」
「それじゃ意味わからないだろうなぁ…」
「というわけで及川さんとやらがお見舞いに来ます」
「え」
「なんとか一命を取り留めたのですが、入院を余儀なくされて死にそうで…とお伝えしておきました」
「大体合ってるから何も言えない」
「死にそうなのは体調ではなく目ですけどね!」

ひどい言い様だった。こっちでも僕の評価はそんなものらしい。「はい、檸檬剥けましたよ!」僕に食えってか。「せめて砂糖漬けにしてよ」「…砂糖より塩のが良くないですか師匠!塩は甘さを際立てると言いますし!」甘さは何処にある。「ちょっとお塩振りかけてきます!」ばっと立ち上がった姫ちゃんは病室を飛び出していった。誰かあの子止めてくれ。




◇ ◆ ◇



彼と連絡が取れなくなったのはいつからだろう。「入学おめでとう知。ところで青城に転入する予定は」なんてバカみたいなメールを送って、その返事は帰ってこなかった。電話をしても電源が入っていないらしい、ずっと繋がらないままだった。部活終わりに知の家に行ってみても明かりは付いていないしインターホンを鳴らしても物音一つしなかった。ねぇ知、君何処行っちゃったの?
土曜日、部活の前に知の家に行ってみる。どうせいつもと変わらず人気は無いのだろう、そう思っていたのに。

「…どちら様?」
「姫ちゃんは紫木一姫と言います!」

知の家で紫木一姫という女の子と出会った。両手には服の入った手提げ「師匠は今入院中なのです」師匠って何、多分知の事なんだろうけどさ。ていうか入院?思わず紫木ちゃんの肩を掴んで声を上げる。

「何処の病院!?」
「ふあ!?」
「知何処に入院してるの!?」

俺はかなり必死だった。普段だったら女の子にこんなに詰め寄ったりしないのに俺は紫木ちゃんの肩を揺らす。「ええと…」紫木ちゃんが言った病院はここらへんじゃ一番大きな病院だった。気が気じゃない部活も何とか終えて、俺は病院へと走る。教えてもらった病室を探しながら息を整えた。


「あった…」

病室の前には『一 知』と書かれたネームプレートがひとつ。息を飲んでそのドアに手を掛ける。ゆっくりと、ゆっくりとドアを開けて





「…知?」

白い部屋白いベッドの上に彼はいた。上体を起こしていて、窓の外を見ていた知はゆっくりと俺の方を向いた。「…ああ及川君か、久しぶりだね」ほんと、久しぶりだよ。知らないうちになんで入院なんてしてるんだ。ゆっくりと病室に足を踏み入れる。知の方へと近付きそして


「しっしょー!出来ましたよ檸檬の塩漬け!」
「病院では静かにね姫ちゃん」

バンッ!後ろで勢いよくドアが開いて背中に軽い衝撃が走った。檸檬の塩漬って何。



◇ ◆ ◇



姫ちゃんは取り敢えず床に正座させた。「師匠…膝…膝がしびれて」知らないよ。その隣で椅子に座る及川君に目を移した。不機嫌そうな表情に僕は苦笑いを浮かべる。

「俺、知ちゃんが入院してるなんて聞いてない。なにこの大怪我」
「知り合いの車に勢いよく轢かれたんだよ、卒業式の日に」

そう言えば僕の携帯電話とか何処行ったんだろ。僕から連絡をする事なんて滅多にないけど、及川君みたいに誰かしら連絡を入れてたかもしれない。一番怖いのは影山君だ、今頃どうしてるんだろうか。

「ちゃんと治るの?」
「リハビリもしなきゃいけないらしいんだけどね。大丈夫」

普通に生活するのに1年はかかるらしいんだけどさ…僕は笑ったが及川君は苦しそうな表情をするだけだった。どうしようこの空気…しん、とする病室の中姫ちゃんの声が響いた。

「師匠、この方とはどういったご関係で?」
「先輩だけど、友達だよ」
「…師匠に…友達…?」

信じられないものでも見たかのような表情をされた。なんだ僕には友達出来っこないって思ってるのか。「俺は知ちゃんと恋人になりたいと思ってるけどね」ちょっと及川君このタイミングで爆弾落とすのやめようか。


「え、師匠の恋人に…?」
「というかさ俺女の子には優しくする主義だけどさ、ねぇ知ちゃん、この子知ちゃんのなんなの?」
「姫ちゃんはその」
「師匠は黙っててください」

姫ちゃんは立ち上がった。正座が堪えたらしい姫ちゃんはちょっとよろけて及川君に体を向けた。女の子には絶対向けないであろう不機嫌そうな表情を姫ちゃんに向ける及川君。


「なに?」
「なにじゃありません!師匠の恋人候補ですか似合いません!こんなキラキラ人間師匠の隣に居たら師匠が霞んで見えなくなるじゃないですか!」

ひどい言い様だった。及川君に文句を言うのではなく僕への罵倒か。「師匠は自分の幸の薄さを自覚するべきです!」僕の心臓をめった刺しだった。いいんだけどさ、昔からそんな評価だし良いんだけどね、うん。


「つまり及川さんが地味になればいい?」
「何言ってるんだよ及川君」
「それでもバランスは取れません、姫ちゃんが師匠をきらっきら人間にして上げます!」

しゃきーん!とフォークを僕に向ける姫ちゃん、そのまま刺されそうで怖いから止めて。というか誰かツッコミ役をくれないか。僕じゃもう捌ききれない。


「というか及川さん?は師匠が男で良いんですか?」
「すごい今更な事を言うね姫ちゃん」
「別に男でも女でも、性別なんて俺には関係ないし。俺は知がいいんだよ」
「…愛ですか」
「うん愛だよ」

この恥ずかしい2人をどうにかしてくれ。「師匠…病院食をお赤飯にするように頼んできますね…!」その希望は絶対通らないよ姫ちゃん。
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