もう何度目かも分からぬ対峙。
刀を振るうその姿はまるで戦場に舞い降りた鬼神。
降り注ぐ血の雨の中をたった一つの武器で駆け巡るその姿に何度見惚れ、息をするのも忘れた事か。
意識していなくともいつの間にか私の目がその黒の姿を見付け、視線を離す事なく追い続けているというのはもはや当然のことだった。
エクソシストなんて千年公のシナリオの上で踊るしかない偽りの神の哀れな偽りの使徒としか思っていなかった。
哀れと言っても彼らは嘲笑の対象となりうる玩具であって、その言葉の中に慈悲や嘆きがある訳がなく、書物を読む事よりもつまらない。
そう思っていたのだ、彼に逢うまでは。


「千歳」


見据える瞳は闇よりも暗く、また光よりも明るい色を宿していて、ちっぽけな私を虜にする。
その低めの声は甘さを含んでいる訳では決してないというのに、むしろいつ聞いても無愛想で不機嫌そうな声だというのに、耳に心地よく私を魅入る。
人込みの中偶然出会ったのが始まりで、名も知らなかったというのにその姿が瞳が声が、私の心を瞬時に奪った時と同じ様に今も変わらず彼は何時になっても私を虜にするのだ。


それは断ち切る事が叶わずゆっくりとしかし確実に首を絞めていく真綿の鎖に似ているのかもしれない。
最期は絞められた事にも気付かず、眠りに落ちるのと同じ様に静かに呼吸が止まる。
最期を迎えた事すら気付かないのだろうか。


もしもその真綿の鎖で生を終えられたのなら、どんなに良かった事か。
けれども私達の関係にそれが許される事はなく、有限の時間は砂時計の砂が落ちるよりも早くやってきてしまったのだ。
無意識に伸ばしていた手を、彼に触れたいと求める手を理性がどうにか押さえ、私自身を見失わない様いつもの自分をどうにか作り上げる。
しかしその「いつもの自分」というものが明確に思い出せないからか、うまく笑う事が出来ずに感情に関係なくただ無理矢理頬の筋肉を上げて、そんなぎこちない私がばれない事を祈りながら彼を見据えた。


「よく逢うわ、ね」
「お前がわざわざ来てるんだろ?」
「あら、そんな事ないわ?」


どうだかな、と鼻で笑われたような気がしたけれど、まぁ確かに千年公やロードに無理を言って彼の任務先へとわざわざ足を運ぶ訳だからそれ以上の否定はしないでおく。
嘘というものを吐くのに抵抗感を感じた事はなく、意味のある嘘も意味のない嘘も状況によって使い分けるのだけれど、彼の前で嘘を吐く気にはなれないのだ。
子供だましと、その場しのぎと言われようと彼だけには。
愛しい彼を見る度に視線が混ざり合うあこんな些細な会話ですら戦争を忘れさせてくれるなんて甘えにも程があるだろうに。






――だけれども、そろそろこの堪え難い幸福の時も終わらせなければいけない。
私も彼も約束は守り続けた。
そしてその約束を最後まで守り抜くには後僅かの時間さえあればいいのだ。
そう、有限の砂時計が残した僅かな時間と同じだけの時間さえあれば。
エクソシストを殺したい衝動に駆られるノアとしての自分と、神田ユウを愛したい千歳東との狭間で揺れるのにも限界が近かったのだから丁度良かったのだ。


「ユウ――」


名前を呼んで、意識を注意を引いてから私は彼に刄を向ける。
驚きを交えながらも彼は自身のイノセンスを構えた。
その時に光を浴びた白刃が煌めいて、目を奪われる。
輝く鋼の何と美しい事か。
憎いとも思えるイノセンスが彼の元にあるだけでまるで宝の様に美しさを増すのだ。
彼のイノセンスが私の刄を受けとめると、冷たい金属特有の音が辺りに響き渡り、まるで終焉の予告をする鐘を打ち鳴らした様で切なく思えた。
それを刄を交えた彼も感じ取ったのか、刀身の向こうで表情が曇っている。


家族の様な特殊能力でもなく、銃の様な飛び道具でもなく、私が生身で刀を扱うのはこうして相手の表情を間近で伺えるからだ。
刃の骨を断つ感触が直接この手に得られると同時に視界に映る表情は悲しみか怒りか狂気か。
濁りゆく瞳に映る私は彼らの憎しみの対象なのか。
随分と自虐的なものを選んでるよねとロードに笑われた事もあったけれど、彼と出会うよりも前の私にはそれ以外に興味を引く対象もあらず、彼と出会ってからは刃を交える度に彼の瞳を間近で覗き込む事が出来るのだから、他の何よりも好ましい戦い方ではないだろうか。



意識ばかりが戦いを拒んで、目の前の彼さえも意識の外へ追い出してしまったところで、再び金属音が辺りに響いて意識が手元へ帰ってきた。
この二度目の鐘は終焉の到来を知らせるためのものなのか。
私に時間はないのだと知らせるために響いたのか。
ならばもう終えなくてはいけないのだと、私を捉えた黒い瞳に思わず雫が、涙が零れ落ちかけてしまった。
だけれどもこれでおしまい。



勢いに任せて刃を振り下ろすと彼の刃に弾かれ、



そしてその刄が私を貫いた。







最期にひとつ、
他人に運
委ねてみたくなりました。







彼はエクソシストで私はノア、その関係である以上、彼がイノセンスを手放す事は有り得ない。
お互いがエクソシストでありノアである事を誇りに思っていたのだから、手を緩めるという事は相手の誇りを傷付けると言うこと。
けれどもほんの一瞬だけ彼がその手を緩めた事には笑みを浮かべていいだろうか。
職務でなく彼がひとりの人間として私を見てくれたのかとのささやかな喜び。
零れる紅は地面を染め上げ、彼の団服をもその色へと変えてゆく。

私が彼に残せるものなどもう幾許もないけれど、この言葉だけは。


「――ユウさん、愛してます」


彼のイノセンスをそのまま抱き締めるようにして私は言葉を告げた。
いつか彼の中で私が過去の記憶となってしまうのは確かな事で、だから忘れてしまったとしても、その事に対して死に行く私には何も言えない。
けれども今だけは私の言葉だけに耳を傾けて私の姿だけを映してほしい。
そんな願いを込めて告げた一言。


暗転する前、最後に視界に入ったのは彼の真っ直ぐな瞳だったのが最高の手向けだろう。







(貴方になら全てをあげます)



(090430)
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テーマ「人外ファンタジー」
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