「こんにちは、エクソシストさん」


決して華やかとは言い難い表情で俺の前にトンと降り立ったのは彼女だった。
涙を流していてもおかしくないような瞳を持つ褐色の肌とその額の聖痕は、六幻を持つ俺がエクソシストであることを示すように、彼女がノアである事を示している。
エクソシストとノア――つまりは相容れぬ存在であると、互いが互いを消さないといけないと言う事。
もしこれが初めての出会いだったならば、確実に俺達は言葉交わす事なく刄を交え、生死のやりとりをしていたに違いない。
ただ彼女が伯爵側につき、俺が教団側についていたからに他ならないのだが。

しかし最初の彼女の一言以外、俺達は言葉も動きもなくただ静かにお互いを見つめあっていた。
ここが喧騒を無くしては語れない戦場だと言うのが嘘の様に重くまとわりついてくる静寂という静寂。
何かに似ていると思えば、ああそうか、あの礼拝堂の雰囲気に似ているのだ。
別れ行く人の死を悼み、生ある者が嘆いている時に、――啜り泣く声こそ聞こえないが――、よく酷似している。
では俺も彼女も嘆いていると言うのか。
もしも俺がエクソシストでなければ、もしも彼女がノアでなければ――。
決して相容れぬ関係がこれほどまでに哀しいのかと嘆いているのか。


「千歳……」


静寂をやぶるようにその名を呼べば、彼女は逢いたくなかったわ、とぽつり呟いた。
だけども逢いたかったとも一言。


「俺もだ、――アクマはどうした?」


俺の任務はアクマの破壊だったはずなのに、その標的となりうるアクマの姿はどこにも見られない。
何かあったのなら、それはきっと彼女が関係しているのだろう。
そう問えば、貴方がいると聞いて千年公に無理を言って連れてくるのをやめさせたの、とやはり小さな声で、そして伏し目がちに彼女は答えた。
そんな顔をさせている俺は彼女にどれほどの苦痛を与えているのだろうか。
それは決して計り知れず、だけども彼女が俺に与える苦痛と同等なのだろう。
しかし――。


「俺はエクソシストだ」
「そして私はノア」


それぞれの神に魅入られた者として決して避けては通れぬ宿命。
己の信じるものが絶対唯一であると考える限りは、おそらくは未来永劫、相容れぬ仲でなければいけなかったのに。
交わす言葉は、甘さを含んだ愛ではなく、出会いとそしてすぐにやってくるだろう別れだけのはずだったのに。
それなのに俺は千歳を見つけてしまった。
彼女のその鈴の鳴る様な声に名を呼ばれる喜びを、彼女の美しい名を紡ぐ喜びを知ってしまったのだ。
視線が絡み合う事に、触れ合う事に恍惚を感じてしまったのだ。
けれども俺の幸福は彼女を不幸にし、彼女の幸福は俺を落胆させる。
一体俺達にとっての幸福とは何なのだろうか、もしかしたら幸せなど存在しないのか。




千歳、と腕を伸ばせば、いとも簡単に彼女は俺の腕の中に収まった。
アクマを破壊するこの手で彼女を抱いているとは何という皮肉なのか。
吐息の感じられる距離で、この距離だからこそ見ることの出来る彼女の黒い瞳は、確固たる意志を宿していながらも迷う様に揺らいでもいた。
矛盾を孕ませているのはきっと俺の所為で。


「愛してる――」


このままイノセンスもアクマも知らず、二人で生きていけたのなら幸せだろうに。
この手を取って、世界の存亡など知ったものか、お前さえいればいいんだ、と言える事が出来れば、全てを捨てて逃げる事が出来ればいいのに。


「私も愛してるわ、ユウ……」


だけども、俺達に全てを捨てるという英断は決して出来なかった。
互いが絶対無二の存在であると言うのに、その背に負うものがあまりにも重すぎ、それぞれの心に抱くものを捨てる事は出来なかったから。
それが彼女の黒い瞳に宿る矛盾。




だからここで再び誓おう。
訪れる事を望み、また訪れる事がない事を望む、俺と彼女を繋ぐ誓いを。
俺がエクソシストで彼女がノアであったのに出会ってしまった矛盾を、この嘆きを正したくなくとも正す誓いを。


「千歳、お前は俺が必ず殺す」
「ユウ、貴方は私が必ず殺すわ」


この愛しい生命を狩るのは俺であれ。


『だからそれまでは絶対に死ぬな』







俺の使命は勇者。
勇者は
お前であっても
倒さなきゃいけねぇんだ。







キスはどちらとも知れぬ涙に濡れ、薄暗く寒い曇天の中互いの温もりを確かめあった。
こうして触れる温もりは彼女が生きていることを確かに感じさせてくれるのに、明日には俺の手がこの温もりをかき消してしまうのかも知れない。
何という数奇な運命なのだろうか。







(だけど君の血で濡れるのは俺だけで十分だ)



(081116)
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