「あの人」と再びあいまみえる日までは決して俺は死ねない。
今まで俺はその誓いを守り生きてきたし、それをこれからもそうだと思っていた。
千歳、お前に出会うまでは――。



久々の、正確に言えばコムイ達に半ば強制的に取らされた休暇、教団にいても鍛練以外にすることも思いつかずに、ふらりと街へ出かけた。
街はにぎやかで明るさと笑いに包まれていた。
こんな様子を見ていると、生死をかけた戦いの中に生きている俺の存在が嘘の様に思えてくる。
世界の終焉を望む千年伯爵やアクマは夢で、今日もどこかで悲劇とやらが生まれているなんてないのではないか、と。
だが、休暇と言っていてもアクマと遭遇する可能性がないとは言い切れず、気は抜けない。
決して手放すことの出来ない背の六幻の重さを確かに感じながら、人込みに身を溶かした。
横にいる人間はアクマだろうかと常に疑うのは、もはや職業病とも言って差し障りはないだろう。
夢の様に思えても、アクマは確かに存在し、この平和の中にも人の皮を被って雑踏に紛れているかもしれないのだから。

特に決まった所を見るでもなく、ぶらりと歩いていたらドンと肩に衝撃を感じた。


「あ、ごめんなさい」
「いや、俺こそ悪かった」


俺にぶつかったのは歳が同じくらいの女で、うつむいていて顔を見ることは出来なかったが、全体の雰囲気からアジア系の様だった。
ぶつかった拍子に、彼女は袋一杯に持っていたオレンジをほとんど落としてしまった様で、止まることを知らないかの様に彼女の元からオレンジが次々に離れていく。
彼女は必死に拾おうとしていたがオレンジが人の流れによって止まることがない様に、人の流れがオレンジによって止まる訳もなく、果実は人込みに消えていく。
このままでは踏まれて潰れてしまうかもしれない。
俺がぶつからなければ落とさなかっただろうにと拾うのを手伝えば、ぽつり、ありがとうございますと礼を言われた。


「あの、お礼をさせて頂けませんか?」


拾い終えたのち、その場からさっさと立ち去ろうとした俺の腕を掴んだ彼女。
オレンジを落としたのは俺の責任でもあったから、別に必要はないと断ろうとすれば、何故か必死な様子で懇願される。
あまりにも必死そうだった上に、仕舞には涙目になってしまい、昼間の往来の中、泣かせてしまった様な雰囲気にとうとう俺は折れた。
茶の一杯くらいならと告げれば、静かでいい店がありますから、と集めたオレンジの袋を持った彼女が、先程の涙は何処へ消えたのかと思うくらい晴れ晴れと笑いながら俺を案内した。



「お名前は何とおっしゃるんですか?」
「神田……ユウだ」
「ユウさんですか、素敵な名前ですね。私は千歳・東と言います」


東千歳、名前からして日本人か。
当然の事ながら俺はただ受け答える事しかせず、彼女が終始話の主導権握っていたが、その割には話は弾んでいた様だった。
そして、年はいくつだ、好きなものは何だ、と次々に繰り出される質問に茶を飲みながら答えていれば、いつの間にか絶える事のない笑顔を目で追っている自分がいることに気付いた。
名前で呼ばれて不愉快に思うどころか、俺の名を呼ぶ声を聞きたいと思っている自分がいることに気付いた。
馬鹿も休み休み言え、まさか俺が――。


「俺はエクソシストなんだ……」


大切なものなんて、戦場で命を落とす確率を上げるものでしかない。
自分に言い聞かせるように呟いた言葉。
それが彼女にも聞こえたのか驚いた様な顔をしたと思ったら、その顔から突然春を忘れてしまったかのように笑顔が消えた。


「おい、……千歳?」
「――ユウさん、一目惚れしたなんて馬鹿なこと信じてくれますか?」


いきなり立ち上がり、泣きそうな顔をしながら、出来る限りの笑顔を俺に向けて彼女は何を言ったのか俺は一瞬理解出来なかった。


「別に信じなくてもいいんですけど、……また逢って頂けますか?」


それが例え――だとしても……。消え入るような声は最後まで聞くことが出来なかったが、それは別に問題ではない。
なぁ、お前こそ一目惚れなんて信じるのか?
もう一度逢いたいと思うのはお前だけじゃない。
名前しか知らず、どこで再び出会えるかなんて分からない不確かな約束でも、どんなにつまらない約束でも、彼女と俺を繋ぐ何かが欲しかった。
笑顔の消えた理由も分からず疑問は残るが、いずれにしても俺の答えは一つ。


「当たり前だ」


ありがとう…と言いながら留める事が出来ずに溢れた彼女の涙を指で掬って、ここが街中と言う事も忘れ、彼女にキスをした。
また逢える事を願って。





しかし後日、彼女の聞き取れなかった言葉を唐突に理解することになった。
そして愕然と地に膝をつくことになる。



“また逢って頂けますか?
それが例え『戦場』だったしても”





出来れば、
俺の存在ごと
抹消してほしかった。
(生きることが苦痛になった)






「ユウさん――」


笑顔も、名を呼ぶ声も変わらないのに目の前に存在するのは東千歳ではなく、額に逆十字を宿した、俺達の対極に存在するノア。
あの時、彼女が泣きそうな顔をした意味もようやく理解した。





(出会えた奇跡をこれほど嘆いたことはない)



(081104)
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