月の綺麗な夜、空に浮かぶそれはいつもの様な優しい乳白色の色合いではなく、もの哀しい青白い月だった。
見れば涙が零れ落ちそうになる冷たい月に私は心を奪われてしまい、もっとあの月を見たいとふらふらと誘われるように教団を出て、夜の深い森へと体を溶かした。
いつ任務が入るか分からない中、取れるときに休息を取っておかなければいけないと頭では理解していたのに、この時ばかりは自らを拒む事が出来なかったのだ。


足を踏み入れた夜の森もまた魅力的だった。
標高の高さも手伝い、もともと生き物が多くは住まわないところではあったけれど、生けとし生きるものが寝静まった森は、この世に音というものが存在するのか疑問視したくなるほどの静寂に包まれている。
普段エクソシストとしてイノセンスやアクマ、生命をかけた戦争の中へと身を踊らせている時とはかけ離れたこの場はまるで別世界で、私の胸を踊らせた。

私は足元に敷き詰められた名も知らぬ草を踏み分けながら森の奥へと足を進める。
草の擦れて鳴る微かな音色は、極上のオーケストラでも奏でられない程の美しさを含んでいた。
もちろんそれはこの静寂の上に奏でられるからこそ美しいのだけれど。
はたと歩みを止めて空を見上げれば、鬱蒼と生い茂る木々の合間から、あの月が顔を覗かせていた。
折角の月が木々にこうして隠されてしまうのはもったいないなと思うと同時に、あの人の顔が思い浮かぶ。
本当は優しいのに、この木々の様に乱暴な言葉遣いで、その優しさを覆い隠してしまう彼の顔が。





無慈悲と、冷血感と呼ばれて気にしない人がいるかと、ある時そう立ち話をしていたファインダーに怒りをぶつけた事があった。
いつもは彼によって止められるので、出来るだけ聞かないようにしてその場を立ち去るのに、その時ばかりはどうしても許せなかったのだ。
私は一方的にまくしたてた。
言葉足りぬ事で誤解を招くのは多々あるけれど、本当にそう呼ばれるに値する人物だったなら教団の、戦いの最前線に立って、自ら危険に立ち向かう訳がない。
影で他人を落としめるしか出来ない様な貴方達が言っていい台詞ではない、と。
ファインダーは私が突然自分達に怒りを向けた事に目を白黒させていたが、まもなくそれは転じて怒りとなった。
大柄な男達だったが、そのうちの一人が体格差や力を考えずに私に拳を振り上げる。
力ない者に限って力に頼るとは哀しい事だなと私を目がけてやってくる拳を見ながら思った。


明日には、昨日横で笑っていた知り合いがいなくなるかも知れない。
いや、いなくなるのは知り合いではなく自分なのかも知れない。
そんな常に死と隣り合わせであるという恐怖の中、彼らは誰かを貶したり落としめたり、と贖罪の山羊を仕立て上げる事で恐怖から目を逸らそうとしているのだ。
それが自分の恐怖を更に助長しているとも知らずに。
そしてこの黒の教団本部では、その対象が神田ユウに向けられている。
一番その恐怖を乗り越えている人物をそんな馬鹿馬鹿しいものにするなんて、羨望と嫉みの結果なのだろうか。
いずれにしても怒りを向けた後に私に残っていたのは、何故か彼らに対する同情のみ。
恐怖しか持てずに生きる彼らは可哀想なのかもしれない――例え自ら選んでこの戦場に立ったというのに不満しか洩らさない輩がいたとしても。
私を殴るくらいで気が収まるならそれも良いだろうと拳を避ける事無く痛みを待った。


「言いたいやつには言わせとけばいいんだ。お前が殴られる必要はねぇ」


拳が当たる直前、それは彼によって妨げられた。
そして言うがままに私に殴りかかったファインダーを睨み付けると、ファインダー達はひぃと情けない悲鳴を上げて、足音うるさく私達の前から姿を消した。

私はその後ろ姿を見送りながら、ああでも彼らはきっとまた口さがなく言うのだろう、それによってしか救われないと思い続ける限りは、と考えていた。

ぼぅともう姿が見えなくなった彼らをそれでも見つめていたら、横に立ってた貴方が不思議そうな顔をして私に告げた。


「おい、千歳。何でお前が泣くんだ」
「――え、」


そう言われて初めて私は自分が泣いていたことに気付いた。
頬をつたる水は確かに私が泣いていることを示している訳で。


「そんなに恐かったのか?」


恐い訳がない。
彼らに同情をしても許せる訳はなく、力でねじ伏せようとした彼らを逆に叩き倒してもよかったくらい。
では私が泣く理由は一体何なのだろうか?

あの時、答えたのは確か、







「神田が泣かないから、私が代わりに泣くの、か」

随分と大それた事を言ったなと苦笑を洩らしながら、しばらく歩くと開けた場所に出た。
そこはいつも彼が鍛練をしている場所で、無意識とはいえこんな所に来てしまうなんて余程彼が恋しかったのだろうか。
まぁ開けているからここならよく空を見ることが出来るだろうと、一番中央まで足を運び夜空を見上げる。


「綺麗……」


やはりもの哀しい色をした月だけれど、彼と思えば不思議と涙ではなく笑みが零れた。
この月を共に見れたらいいのに。
残念ながら任務で遠い地に赴いているからそれは叶わないので、せめてこの月を見上げてて欲しいと願った。






「千歳?」


月に思いを馳せて
(どうしてここに?)(月が綺麗だったから)





(081025)
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