「駄目っ!触らないで!」
思わずドンと突き放せば、目の前には驚いた貴方の顔。
「東、どうした……?」
どうしよう…やってしまった。
こんな事するつもり無かったのに、いつものように貴方と楽しく会話できればそれでよかったのに……。
後悔ばかりが私を襲う。
でも、だって、どうしても、絶対……。
「ごっごめんなさい、神田!」
私は逃げるように彼の元を後にした。
後ろで神田が私を呼んでいた様だったけれど、私に振り返ることは出来なかった。
ごめんなさい、ごめんなさい……。
「リナリーっ、どうしよう。神田に嫌われちゃう……」
駆け込み寺こと、リナリーの部屋にお邪魔した私は、それはもうぼろぼろに泣きながら自分の非を嘆いていた。
もう軽く一時間は泣き続けていただろうか。
目は赤く腫れ、重たくなっている。
けれども私の目から涙と呼ばれる水は延々とこぼれ落ちてきた。
まるで止まることを忘れてしまったかのように。
「何で神田から逃げたりしたの?」
「だって、だって……」
リナリーは優しく問いかけてくれるが、私は言葉にならない。
私の神田に対する想いは枯れることを知らない泉のようにわき上がり続ける。
あの声が私を呼ぶだけで、私は恍惚を感じられる。
あの大きな手が私に触れるだけで、そこから電流が流れたように身体が痺れる。
あの漆黒の瞳が私を射抜き、私は呼吸すら忘れてしまう。
……もう想いは止まることを知らない。
「千歳は神田が好きで好きでたまらないのね?」
「う…うん……」
敢えて言葉にするならそれが一番的確だろうか。
焦がれて焦がれて決して手の届かない存在だからと思えばこそ、私は彼に恋をした。
恋人なんかになれなくても、ならなくてもいい。
同じエクソシストとして、彼の背を追うのではなく、彼の横に立つことが出来るならもうそれだけで十分だと思っていた。
実際、シンクロ率があまり高くなく、イノセンスを使いこなすことの出来なかった私。
それが第二解放をしても身体にかかる負荷がほとんどなくなるようになったのだって、あの人の横に立ちたいと思う力故だ。
そして私は彼の横に立つことが出来るようになり、彼の背を守ることも出来るようになった。
それは私にとってこの上ない喜びだった。
たまたまある時、リナリーと言葉を交わしている時に、その話を神田に聞かれてしまった。
そしてその結果、お互いを思っている事を知った私達は「仲間」という立ち位置から「恋人」という立ち位置に変わった。
後で、それはリナリーとラビの画策だったと知ったが、遠回しに思い合っていた私達が心を通わせる事が出来たのだからむしろ感謝をしたい。
そして神田は私の中でどんどん特別の場所を占めていった。
「駄目なの……触れられると、私が私じゃなくなっちゃう……」
「嫌なの?」
「そっそんなわけないよ…。でも……」
「らしいわよ?神田」
がちゃっとドアノブを回す音がしたかと思うと、私の愛して止まない人が現れた。
「嘘……」
「リナリー、こいつ連れて行くぞ」
「ええ、ちゃんと頑張りなさいよ」
「チッ……」
訳の分からない話に私の頭はついていかない。
しかしそんな私を余所に、神田は私の腕を乱暴に掴むと、そのままリナリーの部屋を出ていった。
「かっ神田…痛い……」
腕を放してもらえたのは、神田の部屋についてからだ。
神田は扉を素早く閉めてから、私の耳元に口を寄せた。
「……なぁ、東」
私は思わずびくっと身体を震わせる。
「なっ何…?神田…」
声も微かながら震えている。
次に起こることが私にとって最悪であるかもしれない恐怖と、彼が今こんなにも近くにいる幸せが相混じっている。
「俺は自惚れてもいいのか?」
何を?と問い返す前に、私の口は乱暴にふさがれた。
しばらく続いたそれがようやく終わった時には私は、くらくらとしていた。
こんなにも触れられているのに今もこうやって立っているのは、持っている必要があるのか分からない矜持のお陰だろう。
でもそんなくだらない矜持は次の彼の一言であっけなく崩れた。
「千歳、愛してる。俺の傍にいてくれ…」
頼むから離れないでくれ。
自分の顔を隠すかのように、私の耳元で囁く貴方。
私はもう立っていられなくて、ずるずると地面に座り込んでしまった。
ずるい。
彼はずるすぎる……。
「千歳……?」
「私も大好きよ、ユウ。愛してる…」
貴方の声はまるで麻薬
(私を狂わせる)(狂ってしまえばいい)
(081004)