とうとう私達の天敵である太陽が死ぬ時が来たらしい。いくつもの恒星、その内の一つでしかないとはいえ感極まりない話だ。夜兎を見下すかの様に照りつける太陽はもうじき死ぬ。闇夜へと月を追いやり、数多の星を青空という書割の空の向こうへ追いやった太陽はもうじきその光を消す。傘で出来る日陰から太陽を睨み付ける必要ももうじき無くなる。
それに歓喜に溺れずして何をせよと言うのだ。


「もう私達は太陽を怖れなくていいのです」


夜兎の為に太陽は自ら滅びてくれるという事と同義なのですから。
浮かれた心地のまま、私は団長を無理矢理連れてその忌々しい太陽の下へ飛び出していた。今現在の太陽はいつもと変わらず空高くから地表を照りつけている。けれども太陽はもうじき死ぬ、それは紛れもない事実。現にこの星の天人の大半は、船に乗って宇宙へと飛び出しているのだから。太陽光を遮りながら一つ、また一つと船が飛んで行く。


彼らは何とまあ勿体無い事をするのだろう。忌むべき太陽が自ら姿を消すというのに、わざわざ新たな太陽を求めるとは。この歓喜はやはり夜兎にしか分からないのだろうか。ならば団長であれば分かち合う事が出来るやも知れない。太陽に背を向け、私は団長に向き合った。


「何て素晴らしい事なのでしょう」


陽に当たらない様にと、傘から出ない様にと注意を払いながら、手を一杯に広げる。この小さな傘から抜け出すまで、後僅かだ。どれ程喜ばしい事か団長ならば分かりますよね。そう期待を込めて彼を見やる。


けれど、私の期待を余所に団長は、その一切を否定した。傘に隠れてあまり顔が見えないものの、少なくともいつもの様に笑ってはいない様だった。


「それじゃあ夜兎は生きていけない」
「何故です?」


正直に言ってしまえば、推量ではなく断定で、団長は太陽の消滅を喜ばしく思うと思っていた。強さを追い求める彼にとって、太陽の存在は彼を最強であらしめる為に邪魔な存在であるのだから。
腑に落ちない表情をしているのが見えたのか、団長は溜め息を吐くと一気にまくし立てた。




月は太陽の反射光で光っている。ならば太陽が滅びれば月は乳白色の輝きを失うだろう。夜を照らすものがいなくなれば、夜空に浮かぶものは星だけとなる。無論、月が消えようと数多の星があれば、生きてはいけるやもしれない。
しかし、その星とは一体何であったかを思い出さなくてはいけない。星という小さな光とは、何億光年も離れた恒星の輝きなのだ。恒星とは、この場合太陽と同義である。


「そうして恒星が全て滅びてみなよ」


熱源を失った星は氷河期に入るだろう。食物を含む植物を育てるに必要な熱を失い、食糧難に陥った生命の殆どは滅びるだろう。いくら夜兎といえど、極寒の地で生きて行く事など叶わない。食物を無くして生きて行く事など出来やしない。太陽が死す時、太陽は己の死では飽き足らず、他者までもを道連れにするのだ。


「太陽が憎くて堪らない筈なのに、太陽が無ければ俺達は生きていけない」


傘の隙間から垣間見た団長のその顔に、いつもの笑みはやはり無かった。青い瞳が太陽を射殺さんとばかりに睨みつけている。何時だったか彼は笑みを浮かべれば殺意があると話していたものだが、彼にとっての太陽とは笑みで見送る価値さえ無いという事なのだろうか。それとも笑みを向ける事さえ出来ない程の殺意を覚えているのだろうか。


「――とんだ茶番だね」


そして、そう吐き捨てた団長は、私に太陽に背を向けて船へと帰ってしまった。すぐにその後ろ姿を追えば良かったものの、私はただ立ち尽くしている事しか出来なかった。




太陽に嫌われた夜兎は、太陽によって生かされている。消滅する運命にある太陽は最後の一瞬まで夜兎を嫌うらしい。強さを求める彼にとって、これ程屈辱的な事はないのだろう。


尽きる命と知りながらも煌々と照る太陽に、私は憎しみも悲しみもなくただ涙した。



気付いているだろうか、それは喜びではないのだと





(090901)
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