立ち尽くす私の足元には、鮮やかな赤が溜まっていく。
それは今まで私の躯を巡っていたのに、何の前触れもなく行き場を失って零れ出たものだった。


「っ――!」


一人で相手するには少々骨の折れる人数であったけれど、自分の使える全てを駆使した結果、全員倒したと思ったのに、思ったからこそ背を向けたのに、鉛が私の肩を貫いたなんて何とも馬鹿らしかった。
突然の衝撃に悲鳴を、膝をつきそうになったけれど、マフィアの一員としての矜恃がそれを許さず、声は無理矢理飲み込み、どうにか前に傾いた身体もたて直す。

ああ、し損じて挙げ句の果てに傷を負ったなんてあの人が知ったら、私に向けて冷めた眼差しを向けてくるに違いない。
いや、そんなつまらないミスをする部下などいらない、と咬み殺されているかもしれない。
私を信頼して任務を任せてくれていたボンゴレからも失望の目を向けられるかもしれない。
マフィアという対外に誇る事の出来ない仕事であるからこそ、それを認めてくれる者の為に私は誇りを持って任務をこなしてきたと言うのに、今まで積み上げてきたものを全て無に還してしまうようなつまらない失態をしてしまうなんて。
そんな私に、必要なときには姿なんて欠片も見せないような矜恃が、ここぞとばかりに顔を出すなんて浅ましすぎるだろうに。


「本当に馬鹿、ね」


私を撃ち抜いた人間はそれを最後に気絶したか事切れた様で、次の鉛がやってくる事はなく、自分の鉄を抜く事がなかったのは幸いだった。
こんなにも小さな鉄の固まりだと言うのに、たった一発鉛を撃ち出すだけでも身体にかかる負荷というのは半端なく、自らを殺しかねない。

あふれ出てくる自分の赤いものに手をあてて止血を試みるも、その効果のなさを嘲笑うように、手は瞬く間に赤く染め上げられてゆき、更には痛みよりも先にきた倦怠感が私を襲い、目の前を霞ませてゆく。
くらくらと思考も段々と働かなくなって行き、無理矢理に頭を働かせても浮かぶのは、反動なんてなくとももう駄目かもしれないな、と虚しくも悲しい諦めのみだった。
自分で解る限り、撃たれたけれどもその傷は鉄を扱う者として致命的なものではなく、今後の任務に支障はないだろうと、まだあの人の傍にいられるだろうと思っていたのに、あの美しい闇夜の瞳を見る事はもう二度と叶わないのかもしれない。
生きて彼を見ることは出来るけれどマフィアとして、彼の部下として役に立たず、今まで私が立っていた立ち位置に他の人間が立つのを見なければいけないのと、もう決して美しい黒を見る事なく、だけども例え一万分の一もあるか分からないと言う微々たるものでも役に立てたのではないか、そう思い込んで死ねるのとならどちらがいいのだろうか。
結局私の世界は自分ではなくあの人の為に回っていたのだなと自分の思考に小さく笑ってしまった。



無駄に時間を使っていたら、いよいよただ立っていることすら辛くなってきて、血溜りの中に膝をつき、そしてその勢いが止まらぬまま、必死に堪えようとはしたのだけど意味をなす事なく、身体をその中に沈めてしまった。
むせ返るような血の香りの中、手放したくないと思っているのに残酷にも薄れゆく意識。
そんな中でも私の脳裏に思い浮かんだのは、やはり貴方の顔だった。
死ぬ直前に見たものはその人物が一番欲するところである、とはよく聞く話だけれど、私の願望は全てが貴方にあった様で、不機嫌そうな顔をして見てくる貴方に、――夢と、私の見ている幻に過ぎないと分かっていたけれど、ごめんなさいと謝罪をして、こっそりと愛してますと本人には決して言えない愛を囁く。
ごめんなさいとは貴方に咬み殺されて死ぬのではなく、他人の手にかかって死に行こうとしている事に。
私だって死ぬのならその手にかかって死にたかった。
愛してる、なんて私の想いの一片でしかなく、全てをそのたった一つの言葉に出来るようなそんな薄っぺらなものだったのなら、この身を闇に染め、手を血に染める事なく、私が奪い、また私に託された儚い命が、まるで自身を縛る見えない鎖の様になる事等、――もう今更であり、これからなんて考えもつかないけれど――、決して選ぶことはなかっただろう。
ただそれでも言葉にするのなら、この一言が一番的確で的を得ているのだからまぁいいのかもしれない。



「恭、弥――」



冷え行く身体には血溜りさえも暖かく、そして私の意識は途絶えた。
身体がふわりと浮かんだ様な気がしたけれど、死神が私の血濡れた生命を狩りにきたのだろうか――。





分かるものなし
(全ては)(無に還るのか)





(081113)
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