ぱぁんと古びた倉庫の中に乾いた銃声が轟く。
音とともに解き放たれた鉛の固まりは私の頬の肉を掠め取り、つつと赤い血が頬を濡らした。


「あら……もう終わりなの?」


これほどの至近距離だと言うのに弾を掠める事しか出来ない。
そんな殺し屋しかいないなんて、かつての名立たるファミリーに名を連ねていたとは思えない落ちぶれぶりだ。
役に立たない人の数ばかりが増えた上に質が落ち、マフィアの名折れだと獄寺隼人が怒り浸透し、沢田綱吉が、ああいう輩がいるから争いが起こるんだよね、そうぽつりと漏らしていたのを聞いた事があったが確かにその通りだ。


「その程度でボンゴレを陥れようとするなんて……」


愚かの極みではないのか。

決定的な裏切りの証拠が出来るまでは殲滅は出来ない、そう言い続ける穏健派のボンゴレにさえとうとう絶縁状を突き付けられたのが目の前のボスとその取り巻きが所属するファミリー。
これから彼らがどんなに言い訳を述べたとしてもそれはすでに徒労でしかない。
現に今、私がいる場所には一つの黒い鞄が存在している。
そしてその中にはボンゴレ10代目を含む、守護者達の詳細な情報の「偽データ」が入っているのだ。
ボンゴレは彼らを泳がせるために、重要な機密データが手薄な警備の中にあると思わせた。
そして彼らはまんまと罠にかかり今こうして私に見据えられている。

まぁ例え馬鹿らしい言い訳が通ったとしても、私に銃を向けた時点で彼らの命は風前の灯なのだけど。
もしかしたらとっくに消えているのかもしれない。


「ああ、そういえば……雲雀恭弥がやってくるそうよ?あなた方の殲滅に」


その瞬間、彼らの顔が真っ青になったのを私は確かに見た。
こうも変われるものなのかと思わず笑みを洩らしてしまうほどに。
まさに雲の守護者の存在が外部にどのように思われているのかがよく分かる瞬間だった。
ボンゴレ最強と謡われる気紛れで孤高の存在は、他者に畏怖しかもたらさないらしい。
彼ほど己の欲望に忠実に生きる「人間」らしい人はいないと思うのに。
人間誰しも醜い欲望が影で渦巻いている訳で、確かに彼の欲は一般人には理解しがたいものはあるけれど、あれほど白黒はっきりさせた彼の方が小気味良いと思わないのだろうか。
それとも欲望を渦巻かせることが人間らしさを出しているのだろうか?
もしそうだとしたなら私はそんな人間らしさなんて御免なのだけど。




「静かに待ってくれれば私は楽、ね」


それは決して抵抗する標的を押さえ付けることが面倒なのではない。
むしろ簡単な任務に厭き厭きとしているのだから、きっと良い暇つぶしになっただろう。
しかし下手に私が目の前の彼らを殲滅してしまったら、咬み殺す相手のいなくなった彼が、咬み殺していい?と彼の武器が私に向けるのだ。
さすがに今までの付き合いからそう簡単に咬み殺される事もなくなったけれど、その代わりにあの闇夜の瞳に真直ぐ射抜かれるのはどうしても辛いものがある。
それはもう、敵のアジトを一つ潰してくる方が余程楽な程に。
比較基準が間違っているような気がしなくもないけれど、そこはマフィアなんて闇で生きているのだから、と自分をごまかして。

それにしても、情けなく怯えている彼らはもう抵抗する気もないのか、ただ立ち尽くしていた。
これなら言ったとおりに楽だとは思いつつも、抵抗の一つもないとはやはり暇だと、つまらないなとどこかの守護者の様な考えをしてしまっている自分がいることに気付いて、長年傍にいればあの一般人には到底理解出来ないような思考でも毒されるのだなと思わず苦笑した。
では後もう十年程彼の傍にいたのなら、私も彼の言う草食動物を所構わず咬み殺しているのだろうか。
否、さすがにそれは私の良心や、常識が止めてくれるだろう――もう残っていないかも分からないけれど。



そうこうしているうちに聞き慣れたエンジン音が耳に届いた。
これで私の任務は終わり。
そう益々の余裕が生まれた私は、珍しくも馬鹿な彼らに、マフィアとして生きるには不必要な情けをかけようとしていた。
これから起こる彼らの苦しみが少しでも減るようにと、彼に顔を会わせないように倉庫から姿を消そうとしたのだ。
隠しようのない頬の傷を彼が見たら目の前のファミリー達はおそらくかつてない恐怖を感じる事になるだろうから。



「柚羽」


ああ、でも失敗。
こんなに早くこれるなんてさすがの私も想像できなかったのだから、不可抗力だと思って許してくれる?
残念ながら私も結局は気紛れでも情けなんてかけられない人間だった様で。


「どうしたんだい、この傷」
「恭弥、ちょっと鉛が悪戯したのよ」


現れた彼は私を見据え、そして案の定目ざとく頬に出来た傷を見つけて目を細めた。
音もなく頬に手を当てられ、傷をつうと撫でられる。
さすがに止血も何もしていない生傷を触られるのは堪えたが、これ以上彼に不快感を与えるのはよくないからと平気そうなふりをした。
もしかしたらその手に触れられ、痛みよりも心満ち足りている自分を無視したかったからなのかもしれないけれど。
私の苦手とする瞳に囚われそうになったからなのかもしれないけれど。

しばらくして、ふと手を離されたと思うと、彼から痛い程の殺気が出ているのを感じた。
一般人であれば立っていることも出来なくなるであろう殺気が向けられているのは当然私ではなく……。


「君達は全員、――殺すよ」


トンファーを握るその手がいつもより力強く見えるのは、気のせいではないだろう。
もしこれを見た草食動物がいたなら、咬み殺された方が絶対に良いと百人が百人答えるに違いない。
言葉だけで本当に人を殺せそうな、恐怖の集大成がここにあった。



ああでも、そんな彼の背を見て細やかな幸せを抱いたなんて決して言えない。
何事にも動じない彼の感情を変化させる事が出来る数少ない存在だなんて、言葉で語らぬ彼が言葉よりも確かに物語っている「それ」に嬉しさを噛み締めている自分がいたけれど、目の前の殺気の固まりにそれを話そうものなら頬の傷一つではきっと足りないだろうから。

影で渦巻かせる欲望などいらないと言った私がもしかしたら一番、欲に絡めとられているのかもしれない――。




咲かせるは凛と咲く孤高
(そうだと信じたい)(ねぇ咲けてる?)





(081109)
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