「愛してる」


たったその一言を言えることが出来たならどんなに楽になれるのだろうか。
だけれどそれは決して音にしてはいけない、出来ない言葉。
もし言ってしまったらゲームは終了し、私の負け。
もっともこのゲームに私の勝ちなどありえず、あるのは私の負けか、終わりのない延長戦だけなのだけれど。
手に入れる事は決して出来ないのに、ただ一言告げてしまえば永遠に触れることすら叶わなくなってしまう。
それくらいなら私は私の気持ちに裏切りを、そして貴方をだまし続けよう。



最初は貴方なんて大嫌いだった。
人の奥底までも見透かすような黒いその瞳が、偽りの愛の言葉ならいくらでも溢れてくる形のいい唇が、決して的を外さない鉄を持つその手が嫌いだった。
一流の殺し屋の腕が、愛人を連れて歩く姿が、その不遜な物言いが嫌い。
どうしてそんなに嫌なのかと問われたら、どうしても嫌いなのだと答えただろう。

それなのに――。



「柚羽」


返事の代わりに睨みながら私は貴方を見た。
私の口は何を言いだすか分からないから、これは私に出来る精一杯の強がり。
ただ己の名前を呼ばれただけなのに胸が高まるなんて、馬鹿な事がありえていい訳がない。
すっと音もなく、すでにその手に持つ鉄を下ろしている貴方の方に私は自分の鉄を向けた。
そしてパァンという音を響かせて鉄は鉛を吐き出した。
――これで任務は終了。




「相変わらず甘いやつだな」


呻き声を上げながら崩れ落ちたのは男で、貴方が甘いと言ったのは、私がこの裏切りと報復が応酬する世界の中に死をもたらさないから。
ただ、それは貴方の誉め言葉であることもあることも私は知っている。
死が当然の様に存在する中、殺しよりも生かす方がどれほど困難であるか知っているから。



いつまでも貴方の姿を見ていたかったけれど、黒い瞳に絡めとられそうで思わず背を向けた。
悪夢の様な現実の中、――もちろんその現実を選び取ったのは私な訳で後悔等あるはずもないが――、その瞳はどれほどまでにただ甘い幻想のみを集めた逃れがたい誘惑なのだろうか。


「まぁ成功率の点で言えば、」
「仕事は終わりでしょう?」


ああ、時なんて止まってしまえと思う私の本心とは裏腹に、任務が終えれば貴方と馴れ合う気なんてないと暗に含んだ言葉を伝える唇。
先程の様に黙っていればよいものを、と思うけれど紡いでしまった音は還ってくることはない。

貴方はどう思ったのだろうか。
ぐいと腕を引かれ、気が付けば貴方の腕の中、見据えるのはあの逆らいがたい誘惑を宿した一対の漆黒。
貴方の吐息が聞こえる程の距離は私にとっても未知数で。


「お前は蝶みてぇだな」


ひらひらと人を魅せるのに手には入らない存在と、貴方は私をそう例えるのか。
疾うの昔に羽等もがれ、ただ醜く地を這いずりながらかつての大空へと想いを募らせるばかりの私を。
そして愚かにも、大空に焦がれながら、その大空を自由に飛ぶ羽をもいだ貴方を愛してしまった私を。


「愛してるぞ、柚羽」


その言葉が真実かどうかなんて確かめる術が私にあるはずがなく、ただその甘い言葉に酔い痴れてしまう自分を食い止めながら、その甘さに嘆いた。
唇が触れてしまうのも容易な距離の中、貴方の様な人がわざわざ愛を囁くのは私が手に入らないから。
もし私がその言葉に応えてしまえば、貴方はもう私の為に愛なんて囁かないのだろう。


「私は大嫌いよ、リボーン」


だから今日も私は、貴方に私に嘘を吐く。
貴方を愛した私に、私を惑わせる貴方に。
それは全て貴方から偽りとも知れぬ愛をもらうため。




大嫌い=愛してる
(嘘、嘘、嘘)(全て嘘)





(081031)
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -