激しい爆発音と共に目の前で上がるのは白煙。


ぺたりと床に座り込んだ私の視界は、その白煙で全て遮られてしまい、誰が何処にいるのかも分からない。
現在の状況を把握する事も出来ない。

まずそもそも何故この様な事態になってしまったのだろうか。
ほんの数瞬前まで、私は風紀委員長でもあり、私が今いるであろう応接室の主でもある雲雀恭弥と共に仕事を片づけていたはずだったのに。

情報処理能力の高さを買われ、この応接室にやってきてから、不思議な事がよく起こるようになった。

まず先に前置きしておきたいのだけれども、雲雀恭弥は「草食動物」が「群れている」と「咬み殺す」為に「トンファー」を取り出す。
それは確かに通常では考えられない非常識な行為である。
しかし並盛では、それが日常的な光景と言えた。
何故ならば、並盛のルールは雲雀恭弥であり、彼に逆らおうと考える者はいないからだ。
もちろん群れて咬み殺される人々はいるわけだけれど、敢えてたてつこうとする者は基本いない。
だから仮に彼の行為は『常識』である、と考える。
(かなり無茶であるというのは私が一番よく分かっている)


けれども。


彼の傍らで仕事をするようになってから、銃弾が私のすぐ傍を掠めたり、ダイナマイトとおぼしきものが応接室に投げ入れられたりする事が立て続けに起きた。

これは『非・常識』と呼んで何の差し障りもないだろう。
まず、日本という国に住み、普通に暮らしているのならば、拳銃や爆弾と言った物騒なものを見る機会は無い。
いや、あり得てはいけないのだ。

それなのに、私の周りではごく日常的に爆音、銃音がするではないか。
拳銃を撃ち込んでくるのが赤ん坊で、ダイナマイトを投げ込んでくるのが、私の一つ下の学年に転校してきた銀髪の少年であるなんて、当初現実から目を遠ざけたくなった。


そして新たにもう一つ、私の前に『非・常識』が現れた。





「あれ、柚羽。小さくなったのかい?」


その少し低めな声は、耳に心地よくそのまま聞いていたいと思ってしまう自分がいる。

が、


メノマエ ニ イル ノ ハ ダレ デス カ ?


黒い背広を着たその人物は、黒曜石の瞳と、綺麗な黒髪を所持した男性で、綺麗という言葉がしっくりくる。
街中で見かけることがあったら、あまり人の顔の美醜に興味の無い私でも、間違いなく無意識に目で追ってしまうだろう。
ただしそれはあくまで日常の中での話。
今私は日常とはかけ離れた場所にいる。
そして、何故か目の前の男性は初対面であるに関わらず、私の名前を知っていたし、私もどこかでこの男性を見たことがある気がする。
一体何時?


「もしかして、ここって10年前?」
「じゅ……10年前?」


ようやく白煙が晴れ、応接室が姿を現した。
よかった。
ものが倒れたり、書類が吹き飛んでいたりはするけれど、破損したものは無いようだ。
破損物が一つでもあれば、部屋の主が不機嫌になるのは目に見え、傍らで仕事をする私に一番被害がくるのは周知の事実だ。


「やっぱり並盛の応接室か……ランボは帰ったら咬み殺す」


そう。
こんな風に私の前でトンファーをちらつかせ、お馴染みの台詞を言うのだ。


コンナ フウ ニ …… ?


「咬み殺す…って……雲雀…さん…?」
「柚羽……まさか今気付いたの?」


それは肯定している訳で……。
馬鹿な、そんな事があっていいのだろうか。
確かに言われてみれば、私の良く知っている彼とは確かによく似ている。
私が綺麗だと思った黒曜石の瞳だって、あの意志の強さを同じように宿しているではないか。


「本当に……?でも何で……」
「ああ、そうだね。この頃の君はまだ順応性というものがなかった」


呆然としている私に目の前の雲雀恭弥(+10年?)は何故か辛辣な言葉を述べてくる。
この頃の君は?
ならば10年後の私は順応性に優れているとでも言うのだろうか。


「どういう意味ですか?それは」
「言葉通りさ、まぁ後で赤ん坊か綱吉にでも聞いてくれれば分かるよ。……それにしても懐かしいね」


すくっと立ち上がって貴方は私に手をさしのべた。
すぐにその手を取れば良かったのだろうが、私は思わず目を白黒させてしまった。
だって私の知っている彼ならそんなことは絶対にしない。
彼の手はトンファーを握り、群れている草食動物をかみ殺す為にあるといっても過言じゃないからだ。
なのに今私にさしのべられた手は何なのだろう。


「ねぇ、いつまで僕の手を煩わせるのさ」


そして同時に私を浮遊感が襲う。


「ひ、雲雀さん。はっ離して下さい」
「ワオ。君の顔真っ赤だね」


この状況で平然としていられる人がいるのなら、私はその方に是非お会いしたい。
それよりも何故、私は今彼の腕の中にいるのだろうか。


「今の君はこんなに反応してくれないからね」


そう言って秀麗な顔を楽しそうに変える目の前の彼。
何も知らなかったら、やはり見とれていただろう。
けれど、私にはそれが彼にとって素晴らしく楽しい、私にとって素晴らしく良くないことを思いついた時の顔だと分かった。
腕から必死に逃れようと彼の胸を押した。
自分の細腕で逃れられる訳がないとはもちろん頭では理解している。
それでも私は逃れるための手だてをしなければいけないと何かが警鐘を鳴らすのだ。


「相変わらず無駄なことをするのが好きだね」


くいと顎を取られ、彼の方に顔を向けれられた。
そして段々と彼の顔が近づいてくる。
けれど抵抗しても無駄なのはもう先ほどで実証済みだ。
私は、私自身もよく分かってはいない何かを覚悟した。


しかし。


「残念、時間切れだ」


唇が触れる寸前に、彼は少し残念そうにそう言った。


「10年前の僕に咬み殺されないでね」


ぼんと再び白煙が舞う。
私は思わず咳き込んでしまった。



「けほけほ……」
「ワオ、柚羽。どうしてこんな事になっているんだい?」


聞こえてくるのは先ほどの彼より少し高い声。
でも私の耳によく馴染んだ音。


「けほっ…10年後の雲雀さんが……っ」


そこまで言いかけて私は思わず口を閉ざした。
10年後の彼は私を抱擁したまま帰っていってしまった。
そして帰ってきた私の良く知る彼は、私をそのまま腕に抱き込んでいるわけで……。
恐る恐る顔を上げれば、目の前に先ほどより少し背の低い貴方が口元を楽しそうに上げた。


「ふうん。こんなシチュエーションになるなんて、10年後の僕は君に何したのかな」


さーっと血の気が引いていくのを私は確かに感じた。
この後の事なんてもう考えたくない。



でもこれが真実
(どうだった?10年前の私は)(うん、変わらず可愛かったよ)





(081004)
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