いつもの様にのどかで思わず微睡みたくなるような昼下がり。

いつもだったら私は、あのふかふかなソファーの上でうつらうつらとし始め、彼に寝たら咬み殺すなんて言われているんだろう。
でも結局は寝てしまって、彼が苦笑しながら私に自分の学ランをかけてくれるんだろう。
そして目が覚めたときに、時たま横で彼が私に寄りかかって寝ているなんて事もあって、そんなときには私の顔は緩みきってしまう。
だって、あの孤高の存在が私の肩に寄りかかり、寝息を立てているのだから。
たまに小さな声で寝言を言っているのを、伏せられたまつげの長さを知っているのも、私しかいない。
目覚めた時に不機嫌そうに、でもおはようと言ってくれる声を聞くのも私しかいない。
そこに些細な優越感を抱いてしまう私は馬鹿だろう。

これがいつもの昼下がり。



『でも今日は“いつも”ではない』



私は告げた。
その声はまるで春を知らない凍てついた北風の様。
自分はこんなに冷たい声を出せたのか。


「別れよう」


彼は目を丸くして私を見てくる。
そうね、その反応は当然。
貴方が私の興味を失う事はあっても、私が貴方から離れる訳ないと思っていたんでしょう。
その通り。
私は貴方から離れることが出来ない。
けれど私は今、こうやって貴方に別れを告げている。


この矛盾した意味に貴方は気付く?


「柚羽……、それは本気で言ってるの?」
「そう。本気よ」


私は間髪入れずに答えた。
その反応にまたまた貴方は目を大きく見開いた。
貴方にこんな顔をさせられるのも私しかいないでしょうね。


「なんでだい?」
「貴方の傍にいられないから」
「僕の傍にいられないから、君は離れていくという馬鹿な選択肢を取るのかい?」
「そうよ」
「ふうん……」


彼は急に興味を無くした様に静かになってしまった。
でもまだ私の中の賭は続いている。

しばらくの間、私達を沈黙が覆った。
外から校庭でボールを蹴る音や大声で叫ぶ音、全てが不協和音の様に鼓膜を刺激するのにも関わらず、長い静寂(しじま)が私を支配する。
この例えようのない静寂を敢えて例えるとするならば、演奏が終わった瞬間だろうか。
最後の一音が響き終わり、拍手が沸き起こるまでの、もしくはブーイングの嵐となるまでの瞬きいくつか分の空白。
愛おしくも煩わしいと思うこの瞬間のまっただ中に私は今いると考えられる。




カタン

彼が席から立ち上がった。
さあ私の演奏に貴方はどういうリアクションを起こすのかしら。


「柚羽、僕は自分のものが自分以外の所へ行くなんて許せない」
「私は貴方のものなの?」
「そうだよ。所有権は僕にある」
「じゃあ私はどうなるの?貴方の傍から離れていく“もの”は」
「簡単だよ」


つかつかと私の方へ向かって歩いてくる。
たった十数歩の距離なのに、とても長く感じる。
息がつけなくて苦しさだって感じる。

そして私の前でぴたりと止まった。
顔を上げない私には、貴方の顔を見ることは出来ないけれど、黒い学ランと風紀の腕章が私の視界を飾る。
今では風紀委員しか着ることの無い旧制服。
普通の生徒からしてみれば畏怖の対象でしか無いその服だって、私は好きだった。
だって、これを着ているからこそ私はどんなに遠くからでも彼の姿を見つけることが出来るのだから。
もちろんそんなものが無くても、彼のことなら何時、何処であろうとも見つけることは出来るけれど。

しばらく彼は私が自分を見上げるの待っていた様だったが、私がいつまでも下を向いているから続く無意味な沈黙に、彼はとうとうしびれを切らした様に告げた。



「僕のものは永遠に僕の元に置いておく」


「離れるなんて許さない」


その言葉と同時に、ひゅんと空を切る音がすれば、私の視界は真っ赤に染まった。
次の瞬間、身体がぐらりと傾ぎ、目の前の彼に倒れ込むが、彼は片手でいとも簡単に私の身体を支える。
優しく暖かい腕の中に私は閉じこめられた。
もう片方の手には私のソレで彩られたトンファーが握られている。


痛み……?
そんな感覚なんて無い。
ぼんやりと、もはや正常な機能を有さない頭がまだ何かを持っているとすれば、歓喜に満ちた私の高揚感だけだ。
貴方が私の言葉の意味に気付いたかは分からないけど、賭は私の勝ち。


だって、

「これで私は永遠に貴方のもの」


かすれて声になったかも分からない。
でも私は私を覗き込んでくる貴方に言った。

聞こえたのだろうか。
彼は今まで見たことも無いような優しい笑顔をした。
私の真っ赤な世界に映る、貴方の黒曜石の様な美しい瞳が、まるでこの世に二つとない宝石の様だった。

そして彼の唇を私のそれに重ねた。
触れるだけの優しい優しい口付け。
そっと離されると、その唇は私の耳元へ近づき、音を紡いだ。


「愛してるよ、柚羽。おやすみ」


―――私も何よりも、誰よりも愛してる。


……恭弥―――




そして私は暖かい微睡みの中、暗い暗い闇へと堕ちていった。



私は貴方を愛しすぎた
(最後はスタンディング)(拍手喝采だった)





(081001)
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