高らかに響いた銃の悲鳴を聞きつけ、急いで駆け込んだ先の部屋にあったのは、見るも無惨な惨状だった。
一番始めに目に飛び込んできたのは、薄暗い部屋の中央近くに立つ女。
紅い何かが、薄暗い中でも浮かび上がる様に白い肌を濡らしているのが見える。
一つに纏められた黒髪も同じ様に紅で濡れているのだろうか。
重力には逆らえないといった様子でだらしなく下がる両の手には、その状況を作り出したであろう黒い銃を握り締めていた。
俺の姿を捉えた瞬間、ふと軽く笑って銃をこちらへと向ける。
その動作の静かで緩やかな様に、一瞬ばかり思考を狂わせてしまった。


まさか、と思った。
馬鹿な、と思った。
疲れた両の瞳が見るものを間違えているのではないか。
突きつけられた銃口の吸い込まれる様な黒い空間に幻を見せられているのではないか。
けれども視線が僅かに下へ動き、視界に入った「それ」を見た時、俺は女の脳天に向かって銃を突きつけていた。
カチャ、と音を立てて真っ直ぐに、いつでも撃てる様にと狙いを定める。

そして唸る様に女へ問いた。


「――何をしてやがる」


その傍らに横たわっていたのは、間違い無く未だ若きドン・ボンゴレの姿だった。
うつ伏せになっている姿では確認出来やしなかったが、指先一つ動かないその状態に最悪の状況を思い浮かべる。
紅い絨毯へ徐々に滲み行くのは彼女の浴びたものと等しいのだ。
握られた銃に響いた発砲音、状況的にも証拠は揃っている。
であるからして、行き着くのは確信にも似た仮説だった。


「最初から決まっていた事よ」


くすくすと愉しげに笑う女はボンゴレの一員で、俺と同じ殺し屋の筈だ。
九代目に拾われ家光に育てられた女は、彼らが望んでいたであろう彼女の平穏な未来を自ら撃ち抜き、次代、つまりは十代目になるであろう家光の息子の下でマフィアとして生きる事を選んだ。
当初は反対されたものだったが、出自が曖昧であれ、九代目と家光のもとで培われた腕前はファミリーの信を得るだけのものがあり、重要任務へ遣わされる事も度々ある程重宝される一角の殺し屋までに成長した。
同じ東洋人であるからか、忠誠を誓う十代目とも上下関係を除いても良好な友人関係を保っていたと思う。


だから、何かの間違いであって欲しいと思う自分がいた。
偶然居合わせたというには言い苦しくとも、それでもそれに準ずるものであって欲しいと。
しかし彼女の様子に悪びれた様子も全くなく、立てた仮説は確信へと変わる。
銃を握る手に知らず知らずの内に力が入っていた。



――こいつはボンゴレを、裏切った。



「ボンゴレを裏切ってただで済むと思ってんのか?」
「まさか、私は端から裏切ってなんかいないわ」


裏切る必要がどこにあるのかと彼女は首を捻った。
どうしてそんなにくだらない事を聞くのかと、いかにも不思議といった様子で。
相変わらず彼女の銃はこちらを向いており、俺の銃は彼女の額へと向いているという状況に全く似つかわしくない言動だった。


「ほんの余興に過ぎないのよ?」


ならば何故ボンゴレに鉛の刃を向けた。
では何故俺に鉛の刃を向けている。

彼女に突き付けた銃の引き金を引く事は簡単なのだ。
額の中心に狙いを定めている以上、外す事など有り得ない。
名に冠する世界一のヒットマンの言葉に間違いはなく、傲る訳でもなく実に至極当然尤もな事。
こうして向かい合っている状況であれ、彼女が引き金を引くよりも先に彼女を撃ち抜く自信さえある。
そしてそれを彼女がそれを知らない訳がなかった。
ボンゴレを裏切ったという事実がどれほど重大な事なのか分からぬ程愚かでは無いはずだというのに、何故。


けれど、裏切り者を粛清せよと叫ぶ頭とは別に、何かが警鐘を鳴らしていた。
これで良いのか、何かを見落としてやいないだろうか、と。
何であるのかは全く検討も付かず、ただ身体の内で引き金を引く事を躊躇っていた。
トリガーに掛けた指先は凍りついた様に動かない。
彼女の裏切りが露呈した今、この惨状を見た俺が彼女を見逃せる訳もないというのに、指と脳を繋ぐ神経が途絶えたかの様に動く気配はなかった。


「撃たないのかしら?」


その様子を見た彼女はそう小さく呟いて、ゆっくりと自らの指が掛かる引き金を引いた。



――ぱぁん。



ただ一つ、裏切りを示す軽い音が響く。
































「驚いたかしら」


は、と気が付けば、彼女は笑みを浮かべて目の前に立っていた。
悪戯を成功させた子供の様に、愉快そうに顔を歪めている。


頬に付いた紅を些か乱暴に拭い、俺の被っていたボルサリーノを摘み上げて自分の頭に乗せる。
俺は今確かに彼女の手によって撃たれた筈だと言うのに、身体のどこからも痛みを訴えられる事はなかった。
彼女がたかがこの距離で狙いを外す訳がない。

何が起こり、何が起ころうというのか。

視線を彼女から彼女が構えていた銃へと向けると、その銃口からは鉛玉の代わりにちっぽけな花が咲いていた。


――花?


「ボンゴレからのサプライズよ」


そして薄暗かった部屋の明かりが突然付いたかと思うと、撃たれて倒れていた筈のツナを始めとするボンゴレの面々がどこからともなく集まっていた。
守護者が珍しくも全員集合し、京子やハルまでもがいる。
ツナが傷を負った様子はなく、それどころか楽しそうに口元を緩めてこちらを見てきていた。
よく見ればキャバッローネもいるではないか。

次々に運ばれてくる料理の数々に飾られる花、惨状だと思っていた部屋は瞬く間に姿を変えて行く。
銃の代わりにワイングラスを渡され、果てはまるでパーティー会場の様になって行った。
状況について行けずに思わず目を見開いていれば、ツナがワイングラスを高く掲げて一言紡ぐ。


「俺らが誇る最高のヒットマンに幸あれ!」




Buon Compleanno ,
REBORN !!





そして今更ながらに気付いたのは、今日が自身の誕生日であるという事だった。
手の込んだサプライズに難無く引っかかった俺をさぞ愉快に思ったのだろう。
笑みを絶やさぬ彼女にキスを贈られ、次いで耳元で囁かれた言葉。
それは彼女からの贈り物だろうか。
ならばこういう誕生日も悪くは、ない。



( Ti amo, )




HAPPY BIRTHDAY! REBORN!
*Oct 13, 2009*
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