カタン、タン、タン


揺れる車両の中、規則的であるように見せ掛けながら、それでいて不規則にリズムは奏で続けられている。
リズムは違えども高低差もなく延々と響く音は、皆一緒じゃないかと言ってしまえばそれで終わってしまうが、ありもしない規則性をどうにか探そうと頭の片隅でリズムを追っていれば、なかなか興味を引く退屈させない心地よいものへと変化する。
線路の上を滑るように駆けていく車両の速度は徒歩に比べてしまえば明らかな差があるというのに、刻まれるリズムは街中を早足で通り過ぎていく程度のもの。
ゆったりという言葉は所属している部署からは到底かけ離れているため、これくらいのリズムが自分のサイクルにあっていて心地よく感じるのかもしれない。
まぁ全てのリズムを覚えられる訳がなく、覚えた矢先から忘れていくという不毛なものではあるけれど、これと言って娯楽のない場所であったので十分で、一人ぼんやりとしながら耳を傾ける。




ふと喉を潤したくなり、鞄に入れておいた水に手を伸ばそうとしたら、忘れ去ってしまいたいと気に留めないようにしていた痛い程の視線とかち合ってしまった。
彼の視線の行く先が窓の外ではなく窓に寄りかかっている私であるという事に気付いていたから、気付かないふりをしていたというのに。
合わせなければ気付かなかったとの一言で後の追求から逃れられたのだけれど、こうなってしまえばどうする事も出来ずに、水の存在すら忘れてただ黒い睛を見つめ返す。


「何かしら、リボーン」


視線を向けてくる、光さえも吸い込んでしまう様な闇を宿す黒い睛は、その魔性とも言える力で何人の女性を虜にしたのだろうか。
同じように黒い睛であるというのに、彼の睛は深い闇夜の様な色合いを出しており、随分と不公平なのだなと不意に思った。
そういえば承諾した覚えなど一度たりともないと言うのに彼の数多い愛人の一人に数えられ、知らぬうちに彼を巡る戦いに巻き込まれた事もあったか。
ただの仕事仲間だと言ったところで聞き入れてもらえるはずもなく、危うく一般人と言っても差し支え無いような女性に殺されかけたのは苦い思い出だ。
これでもマフィアの中ではそれなりに名を馳せている方だと言うのに――!

腹立たしさを感じずにはいられないと言うのに、彼を目の前にするとその怒りをぶつけきれなくなってしまい、逆に丸め込まれてしまったのも、全てはその黒い睛がいけないのだ。
出会った時から変わらないその睛は、迷いという言葉が彼に存在するか疑問視する程真直ぐに見据えてくるのだから質が悪い。


「何でもねーぞ」


曲がってもいないボルサリーノを被り直して、それでも私を見据えてくると言うのに、何でもないとはどう考えても無理があるとは思わないのか。
まぁ言ったところでこの不遜な殺し屋が態度を変えるとは思えないので、口には出さないのだけれど。
そう、と小さく答えてから私は視線を彼から外して、不規則なリズムに再び意識を向けようとした。




だけれども、ああ、意識しまいとすればする程その睛に意識がいってしまうのは何故なのか。
もう不規則なリズムなど頭に入る余地もないくらいに思考が彼によって埋め尽くされる。
その黒は光を引き込むだけでは足らず、人の心までも引き込んでしまう程強かった。


「ねぇリボーン」


心地よかったはずの沈黙に耐えられず、無理矢理意識を背ける事も叶わずに、つい自分から口を開いて睛を見据えれば、黒は音を発する事なく変わらずに私を見据えていた。
射抜かれる様な視線を向けられているのに、そこだけがまるで無音である事に些かの抵抗を感じない訳ではない。
しかし沈黙は了承だと、ただ静寂に包まれた空間から逃げ出したいと私は音を続けて紡ぐ。
彼が別に聞いていようといまいと、私の気が紛れればそれでいいのだから。


「随分と田舎よね」


止まる事無く移り変わる景色は青々と生い茂る緑が大部分を占めていて、民家と称せるものも少ない。
未だ田園が大半を占めている世界が存在するなんて、そびえ立つ箱や便利な機械に囲まれた、都会での生活に慣れていた私には俄か信じがたかった。
この場に手を朱に染めた自分の存在があるだなんて不釣り合いな程で、血の香りを運ぶ人間程不必要なものはないのだろう。
赴いた理由さえ血生臭いものでなければ――。


「まぁ避暑地には丁度良さそうだがな」


ふと考えを先に言われてしまい、一瞬思考を止めてしまった。
彼がその様子ににやりと口の端を持ち上げて笑ったところを見ると読心術でも使ったのだろうか。
内心を読まれるのは嫌だと再三言っていても、彼の読心術から逃れられる程の閉心術が私には無いので、ほぼ確実に無駄な行動となる。
追求は無駄だと分かっていたので、そうねと小さく返して、そしてそのまま会話が続くわけでもなくまた沈黙が訪れた。




カタン、タン、タン




揺れる車両と不規則なリズム。
ああ、そういえばコンパートメント付の車両に乗るのも初めてだったか。
そもそも移動には専ら車、長距離は飛行機を使っているので、列車に乗る機会がほとんどなく仕方ないといえば仕方ないのだけれど、やはりリズムは悪くない。
とりわけの音楽好きという事ではないのだけれど、一人で個室を使う機会があればまた楽しむ事にしようと思う。
このヒットマンさえいなければ今も聞き入っていたに違いないから。


「――っ!」


そう思った次の瞬間今度は頭を叩かれた。
読心術にしても不意打ちとはひどくないだろうか。
頭の中で考える事ぐらいは何をしても許して頂きたい。
それを何度進言しても全く聞き入れてもらえないのだけれども。
まぁ、いつもなら鉄の口が私に向けられているのだから、今日は彼の機嫌が良い様だけど。


「痛いわよ、リボーン。ああもう、このまま何処かへ行きたいわ」


いくらにもならない抗議を、いくらにもならないと知っているので投げ遣りに願望を交えつつ、いつもの様に声を上げてみる。
また叩かれるか、銃を突き付けられるに決まっているにしても、そこで怯む私ではない、――懲りないと言う言葉が適切なのかも知れないが。


「じゃあ任務が終わった事だからな。バカンスと洒落込むか?」
「あら、凄腕の殺し屋さんに休息の時なんてあるの?」


リボーンの口からバカンスなんて言葉が出るとは思ってもいなかったわ、そう茶化すように笑みを浮かべれば、向かいに座っていた彼が再び楽しそうに口元を釣り上げた。





揺れる車両の中ふたりきり





(090412/再録)
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