ほんの一瞬、鳴り響く銃撃の音が収まった時の事だった。


「ねぇ、私を愛してる?」


何を突然言い出すんだと俺は目の前の女を思わず凝視した。
現在の状況を知らぬとは到底思えないというのに、発せられた言葉はあまりにも場違い。
何故なら障害物の多い暗い路地にて、物言わぬ月ばかりが観客となりながら戦いを繰り広げているのだ、俺たちは。
その月が浮かぶ天へ銃音を爆音を敵方の悲鳴を献上しながら、硝煙の中を駆け抜ける。
一歩間違えれば次の瞬間には物言わぬ身体になり得るというのに、この闇の中確実に敵の眉間を打ち抜こうとする女は何を言おうとしているのか。
こいつが一番それをよく知っているはずだというのに。


「リボーン、貴方は私を愛してる?」
「今は任務中だろ」
「私は今聞いてるわ。ねぇ答えて」


まるで聞く耳を持たない女に俺は訝しんだ。
昨日まで、少なくとも前回の任務ではこいつはこんなではなかった。
俺の知るこいつは、任務では理知的な行動を好み、どんな窮地に立たされようとも冷静さを失わない女だ。
感情的になるこいつを見た事なんて今の今まで見たことはなかったというのに何があったというのか。


「私は仕事仲間?愛人?それとも赤の他人?」


ねえ答えてと、まるで呪文の様に繰り返しながら、女は前方にいる標的を完璧に撃ち抜いていく。
違う、こいつの行動はいつも通りに理知的で無駄の一つさえ見当たらない。
俺の冠する名を奪い去る人間がいるならこいつしかいない、そうこの俺が思った女は此処に確かに存在している。
それなのに言葉だけがあまりにも継ぎ接ぎだらけの陳腐なものになっているのだ。


「何でおまえは答えが欲しいんだ?」
「私は貴方が大嫌いだから、」
「だったら俺の感情なんて何だっていいだろう?」
「駄目よ、お願い答えて」


こいつの様子を見ているかぎりでは答えるより他に答えがない様で、俺はしばし押し黙った。


こいつは、俺の、何だ。


こいつの腕は俺が一番認めている、――俺と並びたてるのはこいつくらいだ、そう公言したっていいくらいに。
けれども、だからといって仕事仲間なのだろうと答えるにはこいつに俺らしくもなく情を持ちすぎている。
不必要だと今まで切り捨ててきたはずのものをこいつに惜しみなく与えたい、そう思っているのだ。
では愛人と呼ばれる人間なのだろうか。
誘うような甘い香水を薫らせ、紅い煽情的な唇を三日月型の笑みの形に曲げる女達の中にこいつが当てはまるのだろうか。
いいや、それこそ当てはまりはしないだろう。
今でこそこうして問い掛けてきているものの、俺がこの腕の中へ閉じ込めようとすれば、こいつは俺の腕を掻い潜り鳥の様にどこかへはばたいていってしまうに違いない。
決してとらえられない風の様な存在なのだ。
――だから手に入れようとする事を無意識の中であきらめた自分がいたのだ。


では彼女のいうところの選択肢であれば答えられるのは一つだろう。
音を一つ空に響かせて、向かってくる残り僅かな敵を一人残らず黙らせる。
俺と同時に女も鉛も吐き出したので当初の半分の鉛で済んだ。
不必要な鉛を使用しなくていいというのはなんと恵まれた事だろうか。
燻る硝煙が霧散し、夜本来の静寂が辺りを包み込んだところで俺は口を開いた。




「――おまえは、赤の他人だ」
「そう、」


女の瞳が危うげに燻る。
こいつが最も望むと同時に望まないであろう答えを告げているであろう為に意志を宿す瞳は精彩に欠けていた。
利己的であるといえばそうであるだろうし、違うといえばきっと違うのだろう。


けれども俺はそれを全て含め――


「――愛人でもなければ仕事仲間に括るのも嫌なくらいに一番愛しい他人だぞ」


ほんの一瞬前まで陰っていた瞳は、今度は零れ落ちるのではないかと思う程に見開かれた。
鈍く光る黒い鉄を持つ手が腕が弛緩し、ここへきて初めて女は下に向ける。
その心情を表すかのように緩やかに迷う様にしながら、視線も同じくして。


「嘘、」
「おまえに嘘を言って何の得があるんだ」


嘘をついても利点は存在しないのだから嘘を吐く必要はない。
ましてや己を嫌いと言うような女にこんな告白擬いの事をする訳がないではないか。
一番始めの一言以外は口に出さずに俺は女をただ見据えていた。
けれども完全に下を向いた黒光りするものに視線を向けていた女はこちらを見ない。
しばらくすると視線をそのままにぼそりと口の中で呟くような声を発した。
そこにいたのは感情的でもなければ理知的でもない、――おそらく素のままの彼女がいた。


「そう、だったのね」
「何が言いたいんだ」
「私が賭けに負けただけよ」


帰してあげるわ。


月明かりばかりが照らす、静まり返っていた路地裏はその言葉を皮切りにして、突然闇に包まれた。
女の姿も、同じ様にして闇に溶けていく。
何が起こったのか。
頭は常識から外れた事に対処が追い付かず、思考を許さない。

それでも俺は、ただその名前を呼びながら必死で腕を伸ばした。


「柚羽!」


この俺に、一度自覚をさせておきながら、この手から逃げようとするのか。
そんな事は許さない、許されるはずもない。
そして女は同化しつつある闇の中から最後に一言だけ発した。


「大嫌い、は嘘よ」


暗夜と見紛う闇に融けゆくその手を俺が掴めたかどうかは定かではない。
ただ指先に暖かな温もりを感じながら、俺の意識は光へと浮上した。




そして夢現の狭間にて真実を
(全ては夢か)(それとも現実か)





(090220)
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