私の感情が恋や愛と呼ばれるものなのか。
そう問われれば私の数少ない友は全員が全員、是と答えるのだろう。
そうでなければ十年間も、そして一般的に平凡と称される世界に別れを告げる事はなかっただろうと。

確かに上げられる理由としては間違っていないのかもしれない。
義務教育すら終えていなかった子供が世間というものを知るよりも前に自分の一生を決めてしまったのだから。
全てを投げ出して私は追い掛けたのだ、それもたった一人の為に。
それらは紛う事なき真実で、だから彼の人に対して盲目であると称される分には承認しようと思う。

けれどもこの感情を恋や愛と呼ぶ事にはどうしても賛同出来なかった。
その延長線上にある事にはおそらくほとんど間違いはないものの、名前を付ける事が出来ないと言うのが正しいのかもしれない。
それで語れる程安いものではないと思っているのか、私には釣り合わないと思っているのかといえば十中八九後者であるけれども、前者を夢見ないとは言いきれなかったときもある。
但しそれは自己が定まらずにいた過去の話となりつつあるのだけれど。


「雲雀さん」
「何の用だい?」


扉を叩いてから中に入ると和室の中央に彼がいた。
書類整理をしていた様で私の存在に気が付くと持っていたペンを文机に置いて、顔を上げる。
彼を形作る漆黒は非常に麗しく、孤高の生き方を写し取ったような一対の瞳はもはやこの世に比類無き宝石の様だった、――ああ、まるで麻薬のようなこれに私は魅入られたのかもしれない。



「――今日が何の日だか知っていますか?」
「風紀違反の多くなる日だろう」


的を得た意見でもあり、逆に的外れな意見でもあるような言葉をさらりと述べた彼は、知っているとはいえ相も変わらずの様だった。
毎年この日に同じ質問をすると、毎年同じ様な意味合いの答えが返ってくる。
基準が並盛にあるために仕方ないとも言えるが、イベントに興味のない私でもその言葉は少々胸に響く。
まあ校則に縛られていた学生時代に比べれば余程楽なのだけれども、――一般的な考えと私の思考との差異も胸の痛みを抑えるのに役立たれている事だろう。

言葉に傷ついているのか、そうでないのか曖昧なまま、スーツのポケットに忍ばせている薄紫のリボンでシンプルにラッピングされたそれに手を伸ばそうか悩む事になった。
悩みは言動にも影響しているのか、彼に問い掛けたまま返す言葉が見つからない。
あちこちに支障を来す身体であるとは随分不便な事だ。





しばらく黙っていると、そんな私に業を煮やしたのか彼が先に口を開く事になる。


「で?」


相変わらずペンは机に転がったまま、何かを促してくる。
思考が回らないので彼の言いたい言葉を理解出来ない私がいたずらに沈黙すれば、補足するように彼は言葉を付け加えた。


「くれないのかい?」
「何を、ですか」
「沢田綱吉には渡しておいて僕にないなんていい度胸じゃないか」


語られた内容は全くもって彼らしくはなかったのだれけど。
確かにいつも世話になっている方には歳暮の様な感覚で渡していたものの、ボンゴレ側とあまり連絡をとらないであろう彼が知っているのは何故であろうか。
ましてや彼から催促ともとれる言動を聞く事になるとは、もはや驚きを隠せない。


「私のでいいんです、か?」
「君は随分と今更な事を聞くんだね」


ああそうだ、イベントに興味がないと言いながらも、愛や恋である事を否定しながらも、十年前からこの日を忘れた事はなかった。
いや、それである事を肯定したくて渡していたのかもしれない。
いずれにせよ毎年の恒例行事に、彼を目の前にしてまで悩んでいた自分に少々苦い笑いを向ける事になる。
表面上が変わったところで根底にあるものは変えようがないのだ。
それは彼を追い掛けてこの世界に入ったときから分かり切っていた事。
心境の変化がこれほどまでに私に迷いを生じさせていたというのならばあっぱれとでも言うべきなのだろう。

渡すものに必要以上に私の思いを込めてしまったのも原因の一端を担っているのかもしれない。
私は素直にポケットに入っている箱を取り出した。
彼は目を細めながらその箱を見る。
その視線を受け、一つ呼吸をおいてから口を開いた。


「――拙いものですが」
「へぇ」


彼はそれだけ言って私の手から箱を取った。
その場で開けて食べるのかもしれないし、後でお茶請けにするのかもしれない。
さすがにそれを見届ける強さまではないので、そのままその場を後にした。
背を向けたときに彼が何か言っているのが聞こえたけれど私は振り向かなかった。





の意






中身は菓子との名前に似付かわしくない程甘くない菓子だ。
彼の好みの問題でもあるけれど、私の思いの問題でもある。
馬鹿みたいに甘いものを作った事もあったけれど、今の私ではこれで十分だろうから。
その甘くない理由を彼がどう取るかは分からないけれど、きっと――。



(甘い恋を必要とはしません、ですからどうぞお側に)


Happy Valentine!


お題元:確かに恋だった
(090214)
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テーマ「人外ファンタジー」
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