きらびやかな立食パーティーに昔は柄にも無く憧れたりしたものだけども、現実を知った今、頬の筋肉を無理矢理上げて張り付いた様な笑みを浮かべながら、簡単な相槌を打つ私の気力は限界に近付いていた。
水面下で蠢く陰謀に、甘ったるい香水を振りまいては、笑顔という仮面の下で互いに睨みを利かせ合う女性達。
一見すれば美しい、の一言で済むだろうに、実情をこの目で見てしまえば、後に残るのは実のない空虚な思いばかりだ。
そんな会場を着慣れないドレスの下で疲れるような高さのヒールを履いていても、それでも尚周囲の人間とは頭一つ分の身長差があるのには、民族性に嘆きたいところである。
残念ながら日本人の身長と言うのは、日本の中で平均的かそれ以上であっても、欧米人に比べてしまえば大きな開きがある事は事実であり、否定する事は出来ない。
だからどうしても見上げる形になってしまい、足や頬だけではなく首が辛く痛い上に、周囲の人間が壁に感じられる事が些か悔しかった。
今まで自分の体格など、ものによっては黒い鉄を扱うに、手が小さくしっかりとホールド出来ないのが不便だ、くらいにしか思ってはいなかったので、この時程背の高い女性を羨んだ事はなかっただろう。


それにしても少々人の波から外れた位置にいるものの話し掛けてくる人間の数は減る事を知らず、そのあまりの多さに、知られてはいないはずだけれどもどこかでボンゴレの名代である事が知られたのかもしれないな、と内心で溜め息を吐く。
そうでなければ壁の華に徹する、それも目立った容姿でもない私にこうも人が寄り付く訳がないからだ。
早く、本題の持ち主はやってこないだろうか。
話さえ済めば、とうの昔にこの様な場所を後にしていると言うのに。





「パーティー、ですか?」
「そう、ボンゴレの名代として出てほしいんだ」


机という隔たりの向こう、椅子に座って書類にサインをしているボスに、思わず聞き返してしまう程意外な任務だった。
表立った任務は基本的に回ってくる事はない、そう思っていたからだ。
いや、実際にパーティ等というものに出席するのはボスや幹部クラスの方々であって、単なる一部下でしかない私には縁のない世界、仮に出る事があったとしても、せいぜい黒スーツを纏ったまま護衛としてついていく程度だろう。
それなのに名代として出席しなければいけないと言うのは些かおかしな話だ。
ああ、そうか――。


「――何か裏があるのですよね」
「さすが、と言うべきかな」


口に出してよかったのかと、言ってしまってから自分の浅慮に恥じたが、サインを書く手を止めてボスが顔を上げたので大丈夫な様だ。
表情には出さぬまま安堵の息を吐き、高級そうなペンが紙面上で滑らかな踊りをする事を止め、その手元から転がり離れていく様子を見ていた。
ああ、おそらく今回のパーティー出席の裏には私個人が関わってくるのだろう。
以前にもこの手の話がなかった訳ではない。
ボスを通してくるのがほとんどなので、私に話が来る前に断ってもらうのだけれども、時折直接会わないとあきらめて頂けない人もいるのだ。


「ああ、大体は柚羽さんの想像の通りだと思う」


不意の発言に超直感かと模索するのは失礼で、眉を潜め不快感を顕にしていたのだろう。
こちらに差し出された書類にざっと目を通して、やはりそうかと溜め息を吐くまでに時間はそうかからなかった。
とりえもない一部下に引き抜きをかけようとするなんて、呆れるにも程がある。
それとも幹部でもないのにボンゴレ上層部に近しい私は、他ファミリーにとって旨味のある存在なのだろうか、――見当違いと言い放ってやりたいものだ。

結局出席を断る事が出来るはずがなく、ドレスはこちらで用意するからという、ボスのおそらくありがたいだろう言葉を背に部屋を後にした。
届けられたドレスに眩暈を起こしかけたのはまた別の話だ。




「ボンゴレの、――かね?」


意識を飛ばしているといつの間にか周囲の人間はいなくなっており、声に頭を上げれば書類に貼られていた写真の顔がそこにあった。
手にグラスを二つ持っており、何を言ったのかは聞こえなかったのだけれども、ボンゴレと聞こえたので肯定をすると片方のグラスを差し出してきたので、とりあえず受け取る。
すると相手は私と同じく壁に寄り掛かり、グラスに口を付けて一呼吸置くと他愛のない世間話を始めた。
今回はボンゴレの同盟ファミリーであるらしく、まぁボスは私の好きな様にしていいと言っていたので、正直話を聞くまでもなくさっさと切り上げたいところではあるのだけれども、世間に向ける顔というものも存在するので、この数十分で身に付けた頬の筋肉を上げるだけの笑顔を向けながら相槌を打つ。
そして、しばらく話していると相手は気を良くしたのか、軽い口調で本題へ突入した。


「うちのファミリーへこないかね」


お決まりの文句にもう何度目か忘れた溜め息を吐く。
しかしこれ見よがしに、という訳にはいかなかった為か、溜め息に相手は気付かなかった様で、気付いても気にしない様子で話を進めていった。

幹部として待遇しよう。
今のボンゴレでの貴女の立場ならば破格の待遇じゃないか。

そう次から次へと勧誘の言葉が出てくるのを、私はただ黙って聞いていた。
おそらく相手の発言は私の身に余る程、光栄で魅力的なものなのだろう。
この社会で伸し上がりたいと考える人間がいたならば、全てを捨ててでも飛び付かずにはいられない程に。


けれども私が銃を握ったのは金や名誉の為などではなく、ただ一人の為なのだ。
彼がいなければこの世界を知ることも、ましては足を踏み入れることもなかったに違いない。
そして私はこの世界に身を置きながらも、平穏を望まなかった日など一日足りともない。
ボンゴレという強大な穏健派の下にいるからこうした考えを持ち続ける事が出来るのだと言うことも重々承知している。
それでも私は銃を握り、戦場を駆ける。

何故そこまでする必要があったのかなんて意味のない問い掛けなのだ。
あの人の為なら私は硝煙の中を駆ける事が出来るし、迷わず引き金を引ける。
ただの押しつけに過ぎないと言われたっていい。
側にいられるならそれで十分な答えになるのだ。


これ以上の話はお互いに不毛すぎるからと断りの言葉を入れよう。
いずれにせよ、私には今の居場所以外を見つける事など出来ないから。


「申し訳ありませんが――」




それこそ盲目と呼ばれる程に
(十年前から知っていた)(この気持ちにあがなえるものはないと)





(090112)
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -