「何故殺してくれないの?」


与えられた個室の中、気丈にもと言うべきか涙を流す事もなく、目の前の少女は静寂の中でもただ静かに言葉を紡ぐ。
そして部屋の中に響いたそれを受け取ったのは俺だ。
彼女は行動を起こす訳でもなければ、その現状に甘んじている訳でもない。
ただ静かにこうして会うたびに同じ言葉を投げ掛け、そして静かに拒絶をする。

嫌われるために彼女をここまで連れてきた訳ではなかったのだが、彼女の中では俺は敵と認識されてしまったらしい。
もともとの関係から言えば仕方ないとは言え、遣る瀬ない気持ちになるのはどうしてなのだろうか。
綻ばせれば四季折々の花々よりも美しいかんばせだと言うのに、背に暖かな陽光を浴びながらも溶ける事のないその凍てついた表情は、瞳は闇を讃えている様で、そこにありながら生を感じられない、まるで人形の様な少女。
彼女をこうしてしまった責任は俺にあるのか、未だ現存するマフィア界の悪しき風習にあるのか。
俺は溜め息一つとともに言葉を吐き出した。


「殺す気なんてねーって何回も言ってるだろ」



この奇妙な関係の始まりは、単純とも複雑とも言える出来事――。

とあるファミリーが、無謀にも同盟ファミリーであったはずのボンゴレに刄を向けたのだ。
中小ファミリーであったと言うのに、理由も思い当たらぬ突然の反乱は、様々な憶測が流れた。
しかし答えが出る事は叶わない。
そして事態収拾の為に、穏健派のボンゴレはキャバッローネに鎮圧とボスの身柄を確保との指令を下した。
キャバッローネにわざわざ指令を下したのは、ボンゴレが出る必要もないとのアピールも兼ねているのだろうが、そこは持ちつ持たれつの世界、俺達にも少なからず利益はある訳で、その指令のままに遂行をしようとした。

しかしそのファミリーの本拠地へ辿り着いたとき、そこに生ある者はすでにおらず、血溜りの中に一人の少女がたたずんでいるだけだった。
少女の相眸が俺を捉えると、紅く化粧をしたその顔を哀しそうな笑みの形に歪ませて、ぽつりと告げる。


「裏切りには死を――、後は貴方が私を殺してくれれば全ては終わるわ」


そう言い終えると同時に痩躯が大きく傾いだかと思うと、音もなく血溜りの中に崩れ落ちた。
何が起きたのか理解できなかった俺達が、はっとして近寄るとすでに意識のない少女は浅く早い呼吸を繰り返しており、小さくごめんなさい、ごめんなさいと呟いている。
何故こうなったのかと状況も判断出来ず、俺達に出来た事は少女を連れて帰り、手当てをする事だけだった。

後で分かった事だが、少女はそのファミリーのボスの娘で、ボンゴレが自分達の殲滅しにやってくると聞き、馬鹿馬鹿しい事に彼女を囮に逃げようとしていたらしい。
勘違いも甚だしいが、それ程怯えるのならば、最初から刃向かうなどしなければよかっただろうに。


――そして身寄りのなくなった少女を俺が保護した訳だったが、そううまくいく訳がない。




俺の言葉を聞いた彼女は、少し哀しそうに顔を歪めてから一度天井を仰いだ。
あの時と同じ様な哀しそうな表情、ただ笑みは消えていて。
そしてそのまま、しばしの間瞳を閉じた、――まるで祈りの様に。


「――そう、ならもう頼まないわ」


そうして、瞳を開けてそう言葉を紡ぐと同時に、彼女は背を向けていた窓に思い切り拳をぶつけた。
パリンと音がして窓にはめ込まれていたガラスが砕け、半分は外に落ち、もう半分は室内の彼女の足元へ広がる。
光に反射する破片はまるで星屑の様に輝き瞬いていて、不覚にも美しいと思ってしまった。
彼女がもたらしたものであると思えばより一層の何かを感じずにはいられないのだけども、使い所を間違っているようにしか思えない、――だから部下がいないのは駄目なのだ。

ガラスに打ち付けた手は、破片で切れたのだろう紅い血で彩られていたが、彼女は気にした風もなく足元へ落ちたガラスのうちから一等薄く鋭く割れたものを手に取った。
そして光のない瞳を破片に映しながらぽつりと言う。


「皮肉よね、」


父は私を殺してまで生き延びようと醜く生にしがみ付いた為に生を断たれ、父と共にと言う限定はされるものの、死にたいと願っていた私が生き延びてしまったのだから。


破片をゆったりとした動作で首元へ持って行き静かに当てると、つぅと手を彩るものと同じ紅い血が彼女を染めた。
雪の様に白い肌を伝って洋服へと染みを作って行く。



俺は、止めなければいけないと頭では分かっているというのに、身体が動かない。
まるで何かに魅入られてしまった様で、いつになく饒舌な彼女の言葉をただ立ち尽くして聞いていた。


「貴方には感謝してるわ、ディーノ」


マフィアの世界にも美しいものがあったと知る事が出来たから。
紅と黒の世界に差し込む一筋の光を、この目でしかと見る事が出来たから。


刹那の恋ではあったけれど、――愛してたわ。


そう今まで見た事もなかった程美しい笑みを向け、彼女は瞳を閉じた。
その破片を握る手に力が入るのが、手に取るように分かる。


「柚羽!」


それを聞いた次の瞬間、動かなかった身体が思考よりも先に、俺はガラスを掴む彼女の手を掴んでいた。
突然の動作に、彼女は驚いたようにガラスを床へ落とし、再び砕けてより小さな破片へと姿を変える。


「っ、何をするの?」
「死ぬのも許さねーよ」


平静を取り繕いながらも驚いたのは彼女の異様なまでの手の冷たさだ。
流れた血が多くて貧血を起こしたのかとも考えたが、それだけの様には見えない。
そう思うと同時にここへきてからの間、彼女はろくに食事もしていなかった事を思い出した。
ああ、それだけ気を張り詰めていたという事か。
その痩躯はどれ程の負荷を抱え込んでいたのか。


「柚羽、」


彼女の紅く染まった冷たい手の平に唇を這わせて、そして同じくらい紅い彼女の唇にそれを重ねる。
突然の出来事に驚きこそすれ、彼女はいつもと変わらずただ静かにそれに応えた。


「先に言われたんじゃ格好悪いけどな」


触れ合う唇を離して、それでも吐息がかかる程の距離で。
真直ぐにその瞳を見つめて。


「俺もお前を愛してる」


答えを聞く事を必要とせず、俺は再び彼女に口付けた。
先程の言葉だけで十分理解していたし、俺の服に出来たしわが、縋るように掴む手が言葉以上に物語っているから。
むせ返る血の香りが彼女にあまりにも不釣り合いで、それでも手放す事等決して出来なかった。





聞き届けるのは神ではなく
(だからもっと笑ってくれよ)(笑顔がみてー)





(081228)
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