誰がために花は咲く


「あの、違いましたか?」


 答えぬ琳の様子に困惑した姫は、恐る恐る問いを重ねる。僅かに震える手は袖口の衣を握り混んでいた。白魚の指は血の気を失い、更に白さを増す。
 花の如く可憐な桜の娘のその姿に、琳はほんの少しばかり悪戯心を抱いた。もうまもなく己を袖にするだろう男が選んだ娘に、精霊にあるまじき嫉妬したのかも知れない。散り行く花を引き止める術がないように、去り行くものを追う術を持たないのが精霊であるというのに、形を模した人間に心までも感化されたのかも知れない。同じ形をしながらも決して同じ時を流れることのない娘に嫉妬することは過ちであり、もしも恨み言を申し上げるのであれば、男にするべきであるとも分かっているというのに――。

 するりと漏れた言の葉には、明らかな挑発の色が見て取れた。


「さて。――妾とは言わずとも想い人であったとは申しておきましょうか」


 手にしていた扇で口元を隠しながら愉しげに微笑む娘に、姫は思わずその柳眉を寄せた。耳に馴染むことのないその単語は、女人にとってあまり心地好いとはいえない。しかし、その言の葉が事実であるならば、目の前の娘は妖を慕っているということでもある。自身の恋情に気付いていないとはいえ、姫の心情が良いものにはなりえない。


「それはどういう意味で、」
「分かりませぬか?」


 問いかけを遮り答えを促せば、ますますその表情は暗くなる。俯き美しい容に影を落とす姫君の姿に、悪戯心が過ぎたかと娘は内心で自身の行いを諫めた。


 同時に一つ扇を打つ。


 硬質な音に姫が面を上げれば、そこには扇の代わりに満開の桜の枝を持った娘が、些か固い面持ちで姫を見据えていた。その表情が、その銀月のような瞳が、姫の呼吸を捕らえた。ほんの瞬き一つ程、その瞳が苛烈な光を宿したかと思えば、次の瞬間には切なげにゆらと揺れる。季節の如く移ろう瞳はこの場にありて何処までも遠くを映し出しているようであった。


「お前様に妖と交わる覚悟はありますか」


 千里を見通すと言われる瞳を細め、うっそりと微笑みながら琳は問い掛けた。同時に月読が過ぎる雲居に身を潜め、行灯の仄かな灯が二つの影をちらちらと映し出す。室内を吹き抜けた夜風が灯りを攫うまで、その影が消えることは無かった。





(120303)

 

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