ややこのこやいずこ


 慶長年間
 太閤秀吉の死後、覇権を握った徳川家は全国の大名に陣触を発し、大坂城を包囲。
 来るべき戦に備え、豊臣側は食いつめた浪人を大量に雇った為、今日には立身出世を狙う男達で溢れていた。

 古来より妖達の中心であった京には、野望に燃える若い妖達もまた覇権を目指し集結していた。


「くそ、なんという無双集団……。今噂の奴良組か……!」
「南国からも北方からも日本中の妖が京に集まっとる……。もっと力をつけにゃ……。もっと大きな力を……」


 奴良組の目論見通り、奴良組の畏れは徐々に広まりつつある。しかし覇権を目論む者は奴良組だけに留まらない。人に妖に、昼に夜に、京に北に南に、それぞれの思惑は知らず知らず絡み合い、見極めることも出来ない複雑な文様を織り成していく――。



 ***



 夜は更け入り、闇が色濃く映し出される頃、京の妖が運営する宿に部屋をとった奴良組は、京入りを祝して宴を催していた。ぬらりひょんと琳を上座に据え、その下座に幹部を敷く。京の銘酒や料理に舌鼓を打ちながら、各々は話に花を咲かせていた。出入りの手柄話をひたすらに語る者もいれば、相槌を打ちながらそれに聴き入る者もいる。質の良い酒に酩酊し、杯を煽る手は止まらない。


 やがて話題は一つ、奴良組が総大将の縁へと流れる。急速に名を挙げつつある奴良組は、何処へ行こうとも注目の的となっていた。格下の妖は音に聞く威光を畏れ、腕に覚えのある妖は止まることを知らぬ勢いに危惧する。屈強な幹部を揃え、乱れることのない百鬼を率いる大将の畏れとはどれ程のものなのか。皆が皆、募る興味を隠そうともせずにいる。


 そして総大将に寄り添うようにして咲く花は誰もが知っていた。稀有な精霊はその存在だけで妖の目を引く。それが今を時めく奴良組の総大将ぬらりひょんの傍らに常に在るとならば、彼らの呼ぶ憶測はただ一つに収束する。そう考えぬことの方が不自然だった。
 京の酒にほんのりと心地良くしたカラス天狗が、皆の想いを代弁するかのように問い掛ける。


「総大将、桜宮様。婚儀は何時……?」


 今更夫婦(めおと)と名を変えたところで反対する者はいないだろう。今が奴良組にとっての佳境であれ慶事を疎むものはいるとは思えず、むしろ勢い付いて天下への道を今一歩歩むやも知れない。当人達が望めば周りは今すぐにでも祝言を上げかねない勢いである。


「さあて。あの方が百鬼夜行の主となられた暁には何や変わるやもしれませぬが」


 しかし、桜宮の答えは芳しいものではなかった。総大将に至っては応えることなく、杯に口を付けている。周囲から微かな落胆の色を感じたが、それ以上に二人から入り込めぬ雰囲気を感じ取ったカラス天狗は、追及を止めた。宴席の和を乱すことは本意ではない、と。ただ、良き酒はカラス天狗の口を軽くした。


「天下を取られてからでも遅くはありませんが、早く御子の顔(かんばせ)が見たいものですな」


 それが婚姻の話以上の失態であったことに、カラス天狗は気付かない。千里を見通すとも言われる銀の瞳が朧気な月を捉えながら解き放つその音に、人知れぬ哀愁が漂っていたことをカラス天狗は知らない。


「和子の星は一つ。胎は何処でありましょうか」


 ――精霊は血脈によって子孫を伝えることはないと総大将以外のたれが知っていよう。総大将のややを宿す胎を、琳は、持たない。





(120214)

 

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