妖と桜、京の夜


 それは月より住まう嫦娥ではなく、しかし望月を背負う娘。微かに声を上げて笑いながら、淡い桜色の着物を纏う娘は屋根の上から百鬼夜行を見下ろしていた。長く瑞々しい黒髪は結われることなく地へと垂らされ、月影に照らされ艶めきながら夜風にたゆたう。着物の端から覗く黒髪に相対するような白い肌はひどく悩ましかった。そして何よりも人目を惹くのはその二つの瞳。背に負う望月の如く輝くそれは、望月の雫をはめ込んだかのような白銀を宿しては見る者を魅了する。


「お前様の百鬼夜行に叶う妖など早々におりませぬでしょう」


 そう紡いだ娘の身体が不意に屋根から離れ、風に舞うように地へと降りれば、衣に描かれた桜の花弁がひらひらと衣を抜け出し、現の花として大地に散った。儚げなその花弁はまるで淡雪の如く散る程に音もなく溶けゆく。
 月明かりに浮かんでは消え行く桜の軌跡を描きながら、重さを感じさせることなく娘が男の腕の中へと飛び込めば、お前様と呼ばれた男は破顔一笑した様子で娘を迎えた。周りを取り囲む妖怪達もざわめきを持って娘を迎える。


「なんじゃ、琳か」
「おお、桜宮様……!」


 男――ぬらりひょんは陽が射したように明るい音で答える。その金無垢の輝きは和らぎ、苛烈な意志の合間から愛おしむような光が滲んでいた。浮かべられた笑みもまた、僅かながら穏やかなものへと変貌し、ぬらりひょんの娘への深い情愛が垣間見える。


 ぬらりひょんの意識が逸れたことをこれ幸いにと、敵対していた妖は夜へと帰り行くが、それを娘やぬらりひょんが咎めることはなかった。間もなく場から抗争の音が途絶える。未だ闘い足りぬと幹部勢は些か不満げな表情を浮かべていたものの、彼らが総大将の気まぐれはそう珍しいものでは無く、また桜宮――琳が敵を見逃した理由にも気付いていた為、不平を云う者はいなかった。


「京入りに心浮くことは分かりまするが、あまり無理はなされませんよう」


 ――京とは日の本の都。古より受け継がれてきた歴史ある至宝。
 その美しき街並みに千年の栄誉と憎悪が反発しては絡み合い、一つの頂を作り上げた。人によって作り上げられた都でありながら、その地に宿る力は妖怪をも惹き付けて止まぬ。一角の男として名を上げたいのならば、避けては通れぬ場所。京に認められずして宿願を成し遂げることなど、考えも及ぬ思慮浅きこと。狙わくばその頂を、と誰しもがこの古き良き街に思いを馳せる。

 ぬらりひょんとその百鬼夜行もまた、目的を果たすために京入りをした集団の一であった。





(120208)

 

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