花散る里はここにあらず




「ちょっとあなた、淀殿のお言葉を無視するなんて」

 しかし、それを遮ったのは髪の長く美しい姫だった。珱姫が放り込まれた際も顔色を変えることのなかった姫君である。どうやら桜宮が淀殿の問いに返答しなかったことを咎めたらしいが、桜宮は思わぬ横入りが入ったことに内心で悲嘆した。桜宮の生き肝が喰らわれることで時間を稼ぐことが出来たのならば、と考えていただけにこの事態はひどく嘆かわしい。
 淀殿の興味は既にこの姫君へと移ってしまった。これよりやってくるであろう結末は想像易く、そしてし難い。





「きゃあああぁぁぁぁあ!」


 ――二つ、姫君の命が失われた。啜られた臓腑の血臭が落とされ、大阪城を取り巻く怨嗟は一層の濃さを増す。
 口端に滴る血を拭うと、羽衣狐は視線を桜宮達へと向けた。


「さて、そちらは誰が先に身を委ねてくれよう?」


 最早本性を隠そうともしない羽衣狐の瞳が面白そうに歪む。羽衣狐は争いを好む妖怪である。桜宮達に選択肢を与えることで不和を誘おうとしているのは容易に知れる。

 ――桜宮は珱姫ともう一人の幼い姫を腕に抱きながら羽衣狐の様子を観察していたが、どうにもならない様子を悟ると、珱姫に小さく耳打ちをした。その内容に珱姫は目を見開き、何か言葉を発そうとするが、桜宮はそれよりも先に立ち上がると、二人の姫を背後に庇いながら前へと進み出た。


「ほお。死を急ぐかえ、銀の娘」
「後か先かの違いにございましょう?」


 恐怖心を煽ろうとするが故の羽衣狐の言葉だったのだろうが、琳にとってその言葉は意味を為さなかった。
 ――依代が有る限り、陽の気が途絶えぬ限り、精霊はその身が死しても再び生まれ直す。生まれ直した精霊は生前の記憶を持たず、かつての姿形の面影さえも残っていないとしても、琳にとっては再生である。


「それに死はおそろしいものではございませぬよ」


 ただ心残りは男が百鬼夜行の主となる姿をその目で見られないことばかりである。同じ依代から次代の精霊が生まれるのは早くても百年は先になる。そしてこの百年は、精霊や妖にとってはそう長いものではないが、人にとっては違う。男と珱姫が描くだろう未来を想い、穏やかに銀の瞳を閉じた。

またお会いいたしましょう

 今度こそ羽衣狐の手が伸びる。
 珱姫が息を飲んだ。





(120429)

 

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