狐の御面とあふさかの城


 膨大な妖気は禍々しく、大阪城は血臭と怨嗟に溢れている。京の地には満たされているはずの陽の気は遠く、斜陽と共に閉ざされたかのように闇は深い。華やかな太閤の影、またその死後、この城はどれほどの血を吸ってきたのか。戦国の世の常とは言えども、妖気と相俟ってしまえば最早狂気の沙汰と称するに相応しい。


「おお、来たか。近こう近こう」


 桜宮と珱姫が投げ込まれた先は、大阪城の淀殿の居だった。高座に主たる淀殿が座し、下座には幾人かの姫君が、脇には侍衆が控えている。公家の貴人がもののように扱われたにも関わらず、微動だにしない侍衆の姿は、いかに豊臣家大事の家臣が揃っているにせよ異常な光景には違いなかった。


「珱姫と、この娘は……」
「――お初お目に掛かります、私のことは桜宮とお呼び下さいませ」


 暗に名を問われ、桜宮は返答しようとした珱姫を静かに押し留め、代わりに珱姫よりも僅かに前に出て恭しく頭を下げた。その桜宮の行動に、淀殿は口元を妖しげに歪める。
 珱姫付の女房として連れてこられたのならば、主よりも上座に座すことなど到底許されるものではないが、特に咎められる気配はなかった。羽衣狐が求めるものは異能者の肝であり、この場に連れてこられた者達に序列は特に存在していないようである、と桜宮は推測する。


 大阪城で最も禍々しい妖気を放つ淀殿――ぬらりひょんがやがては対峙するであろう大妖怪羽衣狐。珱姫の生き肝を狙ってのことであるのならば、この場に居る人の姫君達も恐らくは異能持ちであるのだろうと桜宮は推測していた。珱姫よりも同じ年頃と見られる姫君が二人に、裳儀も終えていないような幼い姫君が一人。侍衆の一人が漏らしたように、贄の数としては少ないが、天孫の末裔に仕える血筋やその異能は羽衣狐にとって良い糧となるのか。


「ふむ、銀の瞳とな……」


 扇を喉元へ添え、桜宮の面を上げさせる。そのささやかな力に逆らうことなく、桜宮は羽衣狐たる淀殿を真っ向から見据えた。


「南蛮の血が混じっているとも思えぬが、」


 淀殿の呟きに桜宮の応えはない。黒髪が肩から零れ落ちるが、気にする風もない。桜宮は餌であるのだから余計な反応は必要なかった。興味を持たせ、惹きつけ、場を保たせることさえ出来れば良いのだから。

 扇の代わりに淀殿の手が近付いてくる気配に、琳は己の行く末を見た。





(120416)

 

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