さて闇の内にて咲く花は


「豊臣まで来て頂きましょう」


 珱姫の生き肝を狙う妖は羽衣狐であると琳が気付いたのは、豊臣の使者を名乗るものが珱姫の下を訪れたときだった。珱姫を秀頼の側室とすべく迎えに来たと申し出ながらも、その身体からは妖気が滲み出ており、使者とやらが妖であることは一目瞭然である。


***


 結論から云うと、琳の星詠みは正しかった。
 琳が屋敷を訪れた時には既に時遅く、結界は破られ、地を這うような妖気が屋敷内に蔓延していた。先日訪れた際には感じられた姫の父君や警邏の陰陽師達の気配が、今日は感じられない。ただ真新しい血臭や怨嗟が彼らの行く末を示しており、琳は思わず銀の瞳を伏せた。


「珱姫様、」
「ああ、琳様。先ほどから悲鳴が……! お父様は無事なのでしょうか、花開院の陰陽師の方々の姿も見えないのです」
「……妖が屋敷内におります。お守り致しますゆえ、どうか今はお静かに――」


 侵入しているであろう妖よりも先に珱姫の部屋を訪れた琳は、混乱する姫の肩を抱き密かに陽の気を珱姫に送り込んだ。姫の乱れた心に調和を与えながら話を聞くに、今日は豊臣から使者が訪れるはずであったことを知る。姫の今後に関わる重要な話であるとだけ伝えられ、それ以上のことは一切知らされなかったらしいが、琳にはそれだけで十分だった。


***


「さあ、姫。豊臣に参りましょうぞ」
「お待ちくださいませ……!」


そして、足音を立てて部屋へと入り込んできた妖と、琳は対峙する。妖に纏わりつく血臭や怨嗟は、陽の気を好む精霊にとっては毒でしかなかったが、それらにかまけていては屋敷へ訪れた意味がない。
花を手折れる者はただ一人。手折ってなお美しく咲き誇らせることの出来る者にこそ、その権利が与えられるのだ。悪戯に花の枝を手折るような真似は決して許してはならなかった。


「何だ、女房殿、」
「使者様、私もご一緒してよろしいでしょうか」
「支度はこちらで調える。女房殿が付く必要はない」
「ですが、」


 尚も食い下がろうとする娘に妖は苛立ちを覚えて冷めた目線を向けようとした。目的を遂行するためには邪魔者は排除することも辞さないと考える妖だったが、しかし、琳の瞳を見た瞬間にその口元には笑みが零れた。不機嫌に響いていた声音は打って変わって明るい調子になる。


「いや、珱姫殿も慣れぬ場所へお一人では心細かろう。女房殿の同行を許可しよう」
「――ありがとうございまする」


 妖が琳の瞳の色に食い付いたのは一目瞭然だった。妖が求めるのは異能者とその肝であり、琳の持つ銀の色は妖の目に異能と見なされたらしい。
 妖の舐めるような不躾な視線が琳に向けられるが、琳はただ微笑みを浮かべる。この調子で我が身を餌とすれば、時間を稼ぐことも出来るだろうと琳は微笑みの裏で思う。
 稼ぐ時に望むは言うに及ばず。
 ただただ疾くと願った。





(120403)

 

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