まことあはれなるは
金無垢の瞳が惜しげもなく桜の姫へと向けられる。瞳には自信と糖蜜のような甘さが混在しており、笑みを浮かべる口元から飛び出した音と共に衝撃をもたらすに十分な威力を秘めていた。一方の珱姫もまた扇を取り落とし困惑を隠せずにいたが、頬を染める姿は恋するもののそれであり、心が揺れ動いていることを伺わせる。
総大将の言葉に初めに反応したのは、当の珱姫ではなく奴良組の妖達だった。
「ちょちょちょ、待って下さい、総大将!」
「ん?」
「今何と言いました!? この女は……人間ですぞ!! ……それに桜宮様はどうする気ですか」
前半は叫ぶように、後半は一応姫にはばかったのか囁くように、カラス天狗が総大将を詰問する。
カラス天狗とて総大将が美しい人間の姫君に懸想しているという噂は知っていた。実際、この場に連れられてきた姫君の美貌には感歎の声を上げた。しかし、それだけであろうと考えていたからこそ、噂を噂のまま捨て置いたのだ。いかなる噂も一時の戯れであり、ぬらりひょんの帰る場所は奴良組の桜木の下のみであると知っていた。否、信じていたからこそ、口を出さなかった。
にも関わらず、ぬらりひょんは桜宮以外を横に置くという。そのような日が来るとは、カラス天狗には考え付かぬことだった。
「カラス天狗、私のことはどうぞお気になさりませぬよう」
「しかし桜宮様! このようなことがあって良いのですか!」
騒然とする場をとりなしたのは桜宮だった。上座、ぬらりひょんの横を辞して珱姫の隣にいた琳は、困惑する姫の肩を抱きながら何もないというように言の葉を紡ぐ。
しかしカラス天狗は納得出来るものかと尚も食らいついた。京入りした夜の宴では、婚儀は間近のように感じていた。いつかぬらりひょんと琳の若子を己が腕に抱き、その若子がやがて奴良組を率いていくものだと思っていた。男女の仲は他人が推し量るものではないとはいえ、これでは裏切りではないか――。
「では訊きますが、かの方が私に妻問いをしたことがございまして?」
「そ、それは……」
ぬらりひょんは琳に妻問いなどしたことは無かった。それは幹部の者達ならば皆知っていることだ。幹部に押し切られそうになる時もあったが、妖の性がごとくのらりくらりとかわしてきた。端から見れば夫婦のような関係も、二人の間で違うものだと納得している、納得した。
ならば。
「それが真実ではございませぬか?」
――カラス天狗に反論する術はない。
(120325)
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