桜の花開くその場所は


 覚悟を決めたぬらりひょんのそれからの行動は早かった。どのようにして姫君を唆したかは分からぬが、気が付けば宴の場には若い桜花が舞い込んでいた。夜桜が酔客を見入らせるように、今桜の姫君もまた妖を虜にする。


「ほう〜、それが! 総大将が落とすために毎日通ったという、京都一の……絶世の美女ですか」
「どうだ、カラス天狗」
「まいりました。ただの噂だとばかり」


 つれられてきた珱姫をつまみに、妖達は噂話に花を咲かせていた。小さな花は徐々に数を増やし、やがて部屋を噂の花とその香りが充満する。たれもかもが真実を知りたいのだろう。ちらりちらりと寄せられる視線は多いが、総大将や桜宮が気になるのか決定打はたれも口に出来ない。
何より、当の桜宮が珱姫と親しげに声を交わしていたのだ。


「珱姫様、楽しんでおられますか?」
「まあ、琳様。私、このような場は始めてでして……」
「どうぞ固くなられずにごゆるりとお楽しみくだされば」


麗しき癒し手の姫君と、たおやかな精霊の娘。二輪の薄紅の花は、夜を行く妖とは異なる昼ののどけき光を思い浮かばせた。
桜宮から手解きを受けながら、珱姫が小さな妖達の間で投扇興に興じる。――珱姫と桜宮がとうに既知であるということを知らぬ妖、特に幹部達は困惑していた。上座、総大将に次ぐ席が空いている。それは桜宮が席を外して姫の傍らにいるのだから当然なのだが、その空席が幹部達の心をざわめかせた。


そして、幹部達の困惑が骨頂に達するのは、かの総大将が一声である。


「珱姫……ワシの妻になれ!」





(120320)

 

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