咲く花を手折る手の
男の答え方は、かの姫からしたならば不誠実とも取れるだろう。
しかし琳は、瞼の内で揺れているであろう金の瞳を思う。難儀なものだ。この男の中で選び取るべきはとうに自覚していように、長年の連れ合いを見捨てるのは忍びないとでも思っている。どちらか一方を立てれば他方が立たぬとはこのことだろうに。
「琳、」
「どうか何も仰らないで下さいませ」
尚も言い募ろうとするぬらりひょんの口を、琳はやんわりと封じた。たれにも吐露することなく迷う男に答えを手解きするのは、いつ何時であろうとも娘の役目だ。答えは与えない。他人が与える答えなど必要はない。何故なら男が気付いていないだけで、答えなどとうに男の内にあるのだから。娘がすることは、迷いを祓い、道筋を正すこと。
「知っておりました、私達の間にあるものは男女の情ではありませぬのだと」
幹部達はぬらりひょんと琳を夫婦のようだと誉めそやした。
しかし、百年余り連れ添いながら、どうして気付かないでいられようか。初めこそは情を通わせていたやも知れない。心寄り添わせ互いの熱を分け合うことがそうであると言うのならば、ぬらりひょんと琳の間には確かに男女の情が存在したのだろう。ただ、百年、二百年と齢を重ねていく内、もっと深く固い何かが二人の間を繋ぐようになった。その何かに夫婦、と名を付けるのは違う。
「お前様は私よりも美しい桜を見つけたのでしょう?」
琳は桜木の化身であり、桜木そのものである。月日にあらがうことなど出来るはずもない一本の樹木が、匂い立つ今桜の強く美しい輝きに適うものか。悠久の光を宿すも、一瞬の苛烈な輝きに勝るものか。対峙して知る花の匂いたるは、琳の想像さえ簡単に覆した。
同時に納得する。ぬらりひょんが惹かれるに相応しい娘だった。女人としての戦いに破れたが、出来るならば友で在りたいと思えるほど美しい花であった。
「美しき花を手折るのならば、どうか相応のご覚悟を」
手折られた花の命は短い。その短き命を美しく匂う様のまま如何に留めるかは手折る者の手腕によるのだから。
(120316)
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