開かれた一番下の引き出しには、彼が万一を想定して入れた黒い拳銃が眠っていた。紅く滑らかな天鵞絨の上で静かに沈黙を守っている。その姿は眠れる獰猛な獣のようであり、その牙となるべき銃弾は既に込められ、安全装置さえ外せばいつでも撃てるようになっている。もっとも、拳銃よりも余程馴染んだ武器が彼にはあったのだから、これを使う機会はなかったようだけれども。


銃身を撫でれば、指先に冷たい無機質な感覚が伝わる。これは、尊い命を刈り取る小さな漆黒の死神。自身を守る刃であり、自身を傷つけるかもしれない諸刃の剣。燻る硝煙と共に現れ、空を切り裂く鉛と共に消え行く悪魔。


嗚呼、これと同じ鉛を吐き出す怪物が、彼の命を奪ったのか。彼が燃やし咲かせた命の花は、たった一つの凶弾によって呆気なく散らされてしまったのか。あれ程誇り高かったボンゴレの十代目を奪い去ったのか。


優しい笑みを浮かべる彼はもういない。名前を呼ぶ穏やかなテノールの声はもう聞こえない。労るように触れてくる指はもうない。心の底から安心させるような温もりも今はもう冷たく。


あの人は死んだ。私達の手の届かない場所へ行ってしまったのだ。






――それなのに何故私はまだ生きているのだろう。






喉の奥に刺さった小骨が取れたように、その感情は腹の底に真っ直ぐ落ちてきた。今まで目を背けていたものを、両の眼でしかと確認してしまった。そうだ、彼の死に何の感情も抱かない私がどうして生きているのだろう、どうして生きていられるのだろうか、と。私には私が今も生きている理由がもはや分からなかった。ただ死ぬ機会が無かったが為に惰性で生きてきたと言えばその通りだろう。


――生きている意味が分からないというのならば、いっそのこと。


それは至極単純な動作。米噛に黒い鉄の口を当てて、引き金を引くだけ。たったそれだけの動作で私は彼の下へゆける。彼の死に対してこそ何の情も湧き出てこないけれど、私は確かに彼を愛していたし、彼も私を愛していてくれたと思う。あの人の下へ逝けることが出来たのなら、私はこの新月の夜のような闇に照らされた世界に、一筋の光明を見ることが出来るかもしれない。
ならばどうして私に躊躇う理由があるのだろうか。


冷ややかな銃口を米噛に当て、背徳する世界から瞳を閉じる。脳裏に映る情景は今尚混沌と広がる暗闇であったけれど、その先に優しい光が差した気がした。全てを許すような琥珀色の優しい光が私を呼んでいる。あそこへ行けば良い。


そして私はゆうるりと引き金を引いた。





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