あの後、隼人とハルは主を失ったこの部屋をそのままにしようと進言して、武は俯いたまま何も言わなくて、京子は私のやりたいようにすればいいと言った。雲雀は黙って踵を返し、骸は何かを呟いて霧に融けた。
私はそんな彼らの様子に目を向けながらも輪に入ることはなく、少し外れた場所からただ黙って事の成り行きを見ていた。


――主の居なくなった部屋とは果たしてどのような場なのか。


例えば、隼人やハルの主張の通りにこれ以上はないという程美しい状態を保ったとする。今にも時計の針が再び動き出し、部屋の主が戻ってくるのではないかと錯覚させる程、美しい状態であったとする。
するとそれは突然残された者達にとって一時の安寧となるかもしれない。一種のサンクチュアリとして、絶望の淵から救い上げる役割を果たすかもしれない。えぐり取られた心の傷を癒やし、止め処なく溢れ出す哀しみをせき止める防波堤となるかもしれない。


けれど、一度止めてしまった時が二度と正常に動き出すことはないのだ。初めこそ認識出来なかった些細な時の確執はやがて無視することが許されないほど大きな歪みとなる。そして、仮初めの安寧でしかないと気付かされる時がいつかは必ずやってくるのだ。在りもしないかつての幸福の幻想に抱かれ、どうして真に心休まる時が来るのだろうか。そう思い知らされ、更に深く傷付く日がいつか必ず。




ならば答えは自ずと出てくるのではないか。最良とは決して言えない、けれども未だ来ぬ明日を思うのならば、選ぶべきもの。




――あの部屋は片付けよう。


そう告げたその瞬間いち早く視線を私に向けたのは、隼人だった。学生時代から十代目の右腕を自称し、それから十年の月日を経て誰からも認められる右腕となった彼。私の言葉に彼は一体何を思ったのだろうか。一拍遅れて京子達の瞳がこちらを捉えたものの、私の意識は既に全てが隼人に向いていた。


その銀の瞳は怒りと深い哀しみが綯い交ぜとなり、表情もまた苦渋に歪む。身の内の激情に流されまいと必死で自身を押し留めているようにさえ見えた。何かを告げようと口を開いては言葉が見つからないとでも言うように再び閉じる。そんな動作を何度か繰り返した後、それで良いのかよと消え入りそうな声で彼は一言呟いた。苦しくて仕方ない上で更に絞り出したようなそんな声。


――嗚呼、これが答えなのだ。
人知れず、凪いだ心でそう思った。十年前であったのなら、彼は間違い無く私の胸元を掴み上げていただろう。自分の感情を優先して、他者の機微なんて全く厭わなかっただろう。


歳月は、人を変えるのだ。
過ぎた時は、もう戻らない――。





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