若きドン・ボンゴレが死んだ。


事の始まりはたったそれだけだった。しかしそれだけのことがどれだけ重大な波紋を生んだのだろうか。静かな水面に落ちた飛礫から広がる果てしない動揺の輪。


その指先は冷ややかで、優しく触れる温かな手はもう無い。穏やかにすべてを見つめる琥珀色の瞳は瞼によって閉ざされている。頬は赤みを失い透き通るほど青白く、緩やかにリズムを刻むはずの胸は、厳かに沈黙を守っている。そこに心優しきマフィアのボスは、もういない。在るのは、まるで眠るように穏やかな表情をした、物言わぬ身体だけだった。


――誇り高きボンゴレの十代目沢田綱吉が、死んだ。


隼人はその姿に人目も憚らずに崩れ落ちた。武は遠目から見ても血が滲むのが分かるほど唇を噛み締めて俯いていた。いつも日溜まりのように暖かい京子の笑顔は、幾筋もの涙に濡れていた。冗談ですよね、ハルはそう壊れかけたオルゴールのように同じ台詞を繰り返してばかりだった。雲雀と骸は黙って腕を組んだまま壁に背をもたれ、ただ瞳を伏せていた。


そうして誰もがその死を悼み、彼の為かも己の為かも気付かぬまま嘆き悲しんでいた。鋭い刃で抉り取られたように出来た喪失感が簡単に癒されるはずもなく、埋められぬ空白が血の涙を流しながら悲鳴を上げる。明日の太陽さえも昇らないのでないかと思うほど、纏う色は悲しみに染まった黒色で。


それなのにどうしたことだろう、私の瞳からは涙の一つも零れなかった。
雲雀や骸のように感情を面に出さないからという訳ではない。ただ彼の死を悼み泣くことが出来ないのだ。この双眸は硝子玉をはめ込んだだけであって、現実を映し出していないのではないかと思うほど、虚空の彼方へ忘失してしまったのではないかと思うほど、私は哀しみなるものを表してはいなかった。




悲嘆に暮れている場にそぐわない存在は弾き出されるより他に仕方なく、そして居たたまれなくて私はその場を後にする。けれども部屋へ戻ってベッドに身を沈めて頭を整理しても、涙は出ないままだった。そこまで私は薄情な人間だったのか、或いは現実を現実として受け止めることが出来ていないだけなのか。後者だとすれば何が足りないのか。


物言わぬ白い天井を見つめたところで答えを教えてもらえる訳でもなく、意味なく彷徨う視線を塞ぎたくて瞼を下ろす。瞼の裏に映るのはあの人の姿ですらなく、ただ悔やむような暗闇だけが延々と広がっていた。





(100623)
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