24時間戦争コンビで来神時代です。





例えば瓦割りの要領で机が真っ二つに割れたり、掃除用具であるはずの箒が魔法の箒のように空中を飛び、尚且つダーツの矢のように黒板に突き刺さっていたりする光景が目の前にあったとする。そしてその行為を行うクラスメートと、その行為を助長しては逃走を図る、人間観察という変わった趣味を持つクラスメートがいるとする。また首の無い女性しか愛せないと公言して憚らないクラスメートもいるとする。また一般常識を持ち合わせていながらも喧嘩に明け暮れるクラスメートもいるとする。

さて、この非現実的としか言いようのない日常にごく普通の女子高生を放り込んだとして、どのような日常が待っていると思うだろう。非日常に巻き込まれ困惑、あるいは喜ぶだろうか。一般的に語られる平穏な日常を求めて様々な策を講じるのだろうか。はたまた非現実を生み出す面々とは一線を引き、独自の日常を作り出すのだろうか。





「ねえ、名前ちゃんは悩みとかないの?」
「あるよ。ゾウリムシが私の周りで喚くから煩くて仕方ない」
「あれか、ゾウリムシはノミ虫の仲間か」
「多細胞生物とか勿体ないよ。ていうか質の悪さなら単細胞生物というよりも菌類だけどね。人に感染するウイルスとかさ」
「名前ちゃん大概失礼だよね……、ってシズちゃん、椅子は腰掛けるものであって振り回すものじゃないから」
「手前が消えれば良いだけの話じゃねえか。ゾウリムシだろうがウイルスだろうが潰せば良い話だ」
「ていうか単細胞生物はシズちゃんじゃない? 平和的解決を選択することなくすぐに暴力行為に走るしさ」


ぶん、と椅子が振り回されて、折原が一歩後ろに跳躍した。私も巻き込まれそうだったから、椅子に座ったまま後ろに下がるけど、椅子の足が教室の床を引っ掻いてひどい音がする。嫌な音だと顔をしかめていると、静雄が椅子をもう一度振り回していた。丁度先程までの私がいた位置を椅子が掠めたので、避けなかったら餌食になっていたのだろうかと少しだけ顔が青くなった。彼を怒らせる対象(主に折原)以外を傷つけるのを静雄は厭うけど、激昂しているときの彼は周りに目がいかなくなるのだ。うっかりあの椅子が当たったりしたら、ごく一般人の私は目も当てられない結果になるに違いない。


「ほらまた。名前ちゃんを巻き込みたいの?」
「てめえが消えれば良い話だって言ってんのが分かんねえのか? ノミ虫が消えりゃあ名前も怪我しねえだろ」
「私的には二人とも別のところでやってほしいかな」
「なっ、名前。てめえ、裏切るのか」
「だって私が避けなかったら椅子当たってたよね? 分かる? 当たってたらどっかのゾウリムシと違って私は大怪我だから」
「そ、それは悪かったけどよ……」
「ねえ、俺はゾウリムシ扱いのまま?」
「あれ。自覚あったんだ」
「さっき言ってたよね?」
「さあ?」
「ひどいよ、名前ちゃん……」


何やらいじけているらしい折原を放置して、静雄に椅子を置くように促せば、静雄は少しだけ唸った後に金髪をがしがしと掻いてドンと椅子を置いた。そのまま、長身の静雄が乱暴に腰掛けたせいで椅子は悲鳴を上げていたが、人間で言うところの五体満足で教室の床を踏めたのだから、椅子にとっては許容範囲内であるに違いない。
折原ばかりでなく私に対しても憤りを感じていると感じた仏頂面の静雄に、私はゆっくりと手を伸ばした。静雄は厭うように身じろいだが、気付かないふりをした。そして静雄の意志に関係なく、少しだけ柔らかな金髪に触れる。乱れてしまった髪を一房ずつ整えていけば、何故か静雄は目を丸くして私の方を見ていた。


「どうしたの?」
「いや、別に何でもねぇけどよ」
「髪触られるの嫌だった?」
「そうじゃねぇ、」
「あれ、珍しい。シズちゃんが照れてる!」


その表情の理由が分からずに首を傾げていると、いつの間にか復活していたらしい折原が静雄に再び茶々を入れる。照れていたのか、と静雄の顔を見てみれば、何故か完熟トマトのように真っ赤になっていた。彼の天敵である折原の指摘は図星だったらしい。耳まで赤くなっている姿を見るのは初めてで、珍しいものを見たと思っていると、――静雄がキレた。


「いーざーやー! てめぇ、ぜってぇ殺す!」
「やれるものならやってみなよね」


あーあ、と思う。また始まってしまった。
先ほど救出されたはずの椅子が、窓硝子を巻き添えに校庭へと落下していくのが見える。ここは四階なので直接被害者が出ることはないが、落下物による怪我人が出ないことを一応願っておこう。チョークが弾丸のように折原へと飛んでいくのを見ていると、次の瞬間壁に当たって粉砕していた。中には壁にのめり込んでいるもののもあった。その全てを避ける折原の身のこなしは素直に賞賛出来る。

収まらない攻勢に静雄が本気なのを悟ったのか、折原は飛んできた黒板消しを避けると、教室の外へと逃げていった。出て行く折原と目があったから、私の発言を覚えてはいてくれたらしい。視界から消える寸前、手をひらひらと振っていたので、私も軽く振り返しておいた。
ちなみに怒る静雄は私のことなど頭にないらしく、折原の名前を叫びながら飛び出していった。


騒がしい二人がいなくなると教室の中はとたんに静かになる。
荒れ果てた教室の現状復帰は誰の仕事なのだろうかなどとどうでも良いことを考えていると、見知った顔がドアの隙間から覗いていた。新羅は首を巡らせて何かを確認すると、教室の中へと入ってくる。教室の惨状から何かを悟ったらしい。苦笑を浮かべて新羅は訊ねてくる。


「名字さん。一応訊くけど、静雄達知らない?」
「静雄達ならたった今、どっかに行ったよ」
「……うん、やっぱり遅かったみたいだね」
「帰ってくるまでいつもみたいにお茶でもする?」
「そうだね、貰おうかな」
「今日のお茶請けはねえ、」





非日常的な彼らと関わりながらも彼女の日常は決して壊されない。何ら特別な力を持たない普通の女子高生であるはずだが、彼女の周りで渦巻いている非日常とそれを率いる非常識なクラスメートは彼女にとって、何ら影響を及ぼさない。否、彼女が日常であると受け止めている限り、非日常さえも日常でしかないのだ。
緑茶に煎餅という燻し銀のような選択のティータイムを過ごしながら、こうして彼女の平凡な日常は過ぎていくのである。






(結局彼女もまた平凡ではないのだと、クラスメートは語る)





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