食満留三郎と

クリスマスイブである24日、我が校は終業式を迎える。つまり冬休みが始まるわけで、その解放感に皆が盛り上がった。その盛り上がりを更に沸き立たせるように誰かが言い出したのがクリスマス会と言う名のカラオケ大会で、クラスのほぼ全員が参加するそれには私も勿論参加する、つもりだった。

「ごめん、バイトがどうしても休めなくて……最後の一時間くらいしか参加できない……」

悲しいかな新人の私が誰かに代わってくれと言えるはずもなくシフト表を握りしめた私に、幹事役の友人は苦笑いしながら応援の言葉をくれた。



延々とお客様へ笑顔を振り撒いて、時間が来ると逃げるように店を出る。店長が困った顔をしていたけれど、気付かないふりをしましたごめんなさい。でも、クビになっても構わない理由がある。
私が必死に走る理由を他人が聞けば、恋愛ばかりに現を抜かすなと怒られるかもしれない。でも、今回のクリスマス会は、彼が来るのだ。去年は他のクラスの友達との先約があって参加しなかった、食満くんが。
皆もいるとはいえ、食満くんと一緒に過ごせるクリスマスだ。彼に恋をする私は、折角の機会を逃すわけにはいかなかった。そりゃあふたりっきりで過ごせたらと思うけれど、そういうのは夢のまた夢、なわけで。

『バイトお疲れさま!部屋は三階ね』

息を切らせて、エレベーターへと乗り込む。友人からのメールはもう一時間も前のものだ。フリータイムにしている筈だけれど、もう殆ど時間はないだろう。食満くんと一言でも話せたらいいなぁ、そう思いながらエレベーターが止まる震動を感じた。扉が開く前に呼吸を整えるため深呼吸をひとつ、

「お、みょうじ。今来たのか?」

――息が止まるかと、思った。

食満くんが、どうして此処に。扉の先にいた彼に驚く一方で、彼の手にあるグラスからああドリンクバーかと気がついた。それにしてもすごい偶然、今更汗かいてないかなぁなんて心配になってしまう。閉じかける扉に慌ててエレベーター外に出ながら、私はこくこくと頷いた。

「うん、バイトだったの」
「そっか、お疲れ。……でも此処、あと三十分だって」
「あ、あはは、だよね……」

三十分しかなくても、食満くんと話せたからいいかなぁなんて、思う私は馬鹿かもしれない。馬鹿でもいい、幸せだ。
けれど、いつまでもこうしているのも食満くんに悪いかと、名残惜しいながらも部屋へ移動しようかと「食満くん」名前を呼ぶ。

「あ?ああ、部屋だよな。えーと……」
「……食満くん?」

どうしたのだろう。食満くんは言いにくそうにし、何故かグラスの中のジュースを一気に飲み干した。そして「なあ、」私に悪戯っぽく笑ってみせて。

「みょうじが嫌じゃないなら、さ」
「え?」
「二人で何処か行かないか?」
「……えっ?」

来たばっかりだけど、よかったら。そう言われて思わず頷いてしまったけれど。下で待っててくれすぐに行くからと食満くんは言うけれど。促されるがままにエレベーターに乗ってしまった、けれど。
……あれ、これドッキリじゃないよね。
このまま放置されるとか、そんないじめでもないよ、ね。
どうしてこんなことになったんだろうと、不安と期待に百面相しながらも言われたままに食満くんを待てば、やがて階段から上着や鞄を持った食満くんが駆け降りてくる。

「待たせた!見つかる前に行こうぜ」

そして私の手を握って笑って出口へと向かう食満くんは、もしかして幻覚か夢なんだろうか。けれど私の手を握るそれは暖かくて、空いている手で頬をつねってみれば痛くて、幻覚でも夢でもなくて。
夢じゃない、なんて。
自動ドアが開くと雪崩れ込んだ冷たい風に私は思わず繋いだ手をぎゅっと握りしめて、驚いた顔をする食満くんに何を言おうかと悩んで悩んで、けれどそんな頭の片隅で幹事役の友人に謝らなくちゃなんて何処か冷静に考えていた。




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