三反田数馬と

約束をしたから、僕は待っていた。
雨が降っていて、場所は屋外だったけど、ずっと待っていた。けれど誰も来なくて、ずぶ濡れになって、ああ約束忘れられたんだなって気付いて……悲しくなるよりも、『またか』って思った。



そう言うと僕の髪を優しく拭いていてくれたなまえちゃんは寂しそうな顔をする。あったかい手を僕の頬に添えて、「駄目よ、数馬」僕の目をまっすぐに見つめた。

「駄目よ、忘れられるのに慣れてしまったら」
「どうして?存在感がないのは、忍者に向いているんだろう?」
「ええ。でも、数馬が誰からも忘れられてしまって、もし私も数馬を忘れてしまって……それでも数馬が平気そうな顔をしていたら、悲しいことだわ」

なまえちゃんは本当に悲しそうに言うから、僕もそのことを想像してみる。藤内や作兵衛たちに忘れられて、なまえちゃんにも忘れられたら、きっと僕だって悲しい。けれど、そういえば、昔の僕は誰かに忘れられることをひどく嫌がっていた筈だ。約束を反故にされて、またかと思うだけで済むようになったのはいつからだろう。いつの間に慣れてしまったのだろう。

「……僕も、なまえちゃんに忘れられたくないよ」
「本当に?」
「うん。君にも、藤内にも、皆にも忘れられたくない。忘れられて平気ではいられないよ」

恐怖した。なまえちゃんや藤内たちに忘れられて平気な顔をする僕を想像して、それが容易に想像できたことに恐怖した。大切な人に忘れられて、笑っていられるものにはなりたくない。
どうしたら、なまえちゃんに忘れられないようになるだろう。ただの口約束じゃあ、今日みたいに忘れられてしまうかもしれない。
どうしたら――

「君と一緒になったら、ずっと僕を忘れないでいてくれるのかな」

……今、僕はなんて言った?

はっとして口を押さえるけれどもう遅い。いやその違うんだ、なんて何が違うのか自分でも分からない言い訳を紡ぐ。なまえちゃんは驚いたような顔をしていて、慌てる僕が可笑しかったのかくすりと笑った。

「それは、素敵ね」

ご両親への挨拶はいつにしようか。そう答えるなまえちゃんにきっと僕の顔は真っ赤になっていて、慌てる僕が何でもないようにしているなまえちゃんの頬も赤く染まっているのに気付くのは、もう少しあとのこと。




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