鉢屋三郎と

「――すごく綺麗だったねぇ」

大学時代に世話になった先輩の結婚式の帰り道、なまえはほうと息を吐く。「いいなぁ、結婚式」何度目かも分からないその言葉に、私は既に相槌すら打つ気が起きなかった。確かに教会や花嫁の姿、ライスシャワーの美しさは筆舌しがたいものであったし、女として憧れを抱くのだろうと理解できないわけではないが、なまえは言い過ぎだ。
そんな私の冷めた思いに気付いているのかいないのか、なまえは尚も「いいなぁ」を繰り返す。しかしきっとその言葉の全てが本心からのものではない。半分は本心だとしても、もう半分では私の反応を窺っているのだ。
きっと期待されているのだろう。私となまえが交際を始めてそれなりの年月が経っている。それぞれの仕事も順調だし、そろそろ結婚を考えてもいい頃合いだった。なまえは自分からそういった話を出すのは好きでないから、それとなくアピールをしているつもりなのだろう。それとなくどころかあからさますぎるが。面倒くさい女だ。

「ねえ、三郎っ」

まぁ、なまえの面倒くささは今に始まったものでなければそれすらも愛しいと思わせるのだから、まったく恋とは厄介なものである。
私は足を止めると、振り返りなまえと向き合った。「三郎?どうしたの」なんて首を傾げながらも期待を隠せていないなまえの耳に口を寄せ、私は望むままの言葉を捧げてやる。

「そんなに羨ましがらなくとも、次はお前の番だろう?」

それだけで真っ赤に頬を染めるなまえが本当に愛しい。成り行きのようなプロポーズになってしまったが、本当は指輪も用意しているんだ。記念日に渡してやるつもりだったが帰ったらすぐその左手に嵌めてやろう。
感極まって抱き着いてくるなまえの背に腕を回す。往来の場で私にこんなことをさせるなんて、本当に恋とは曲者だ。

「三郎、大好き」

知っているとも。そうは思えど言葉にされて悪い気がする筈もなく、「私もだよ」しかし想いのすべてを言葉にするには場所が悪い。
腕の力を緩めて身体を離す。不満気な顔をさせるのは忍びないが、早く帰ろうじゃないか。帰ってドレスを脱いで指輪を嵌めて、愛を囁くのはそれからだ。




×