私の欲しいもの

目に映った天井。あの染みには見覚えがある。あれは確か医務室の――
そう考えたところで、気がついた。

「……生きてる」

掠れた声で呟いた直後、がっしゃーん、と大きな音がした。
やっぱり此処は医務室らしい。保健委員は相変わらず不運なようだった。





「なまえ」

縁側に座り外を眺めていると、留三郎が姿を見せた。私が隣を示すと、留三郎はそこに腰を降ろす。少し悩む素振りを見せて、彼は口を開いた。

「傷はいいのか?」
「留三郎ってば心配性。もう殆ど塞がってるって、伊作くんが言ってた」
「無理すんなとも言われてるだろ」
「ばれた。でも、大丈夫よ。激しい運動以外は許されてるの」

あの実習から、結構な日が過ぎていた。こうして日向ぼっこをしていられる通り、私は死んでいない。
目を覚ました後で事情を説明してくれた伊作くん曰く、早くに会えたのがよかったのだそうだ。伊作くんがちょうど薬と包帯の補充で近くに来ていて、私は伊作くんと他の保健委員、それから新野先生の治療によって何とか一命をとりとめた。

「跡、残るのか?」
「……うん。くの一は無理だって」
「そうか……」

運がよかったと新野先生が仰ったのだから、本当に瀬戸際だったのだろう。殆ど塞がった傷痕は、けれど消えることはないという。色が欠かせないくの一にとっては致命的。夢が潰えてつらくないと言えば嘘になるけれど、命あっての物種だ。
だから私は笑ってみせる。留三郎が心配する必要など無いのだと、少しでも安心させたくて。

「でも、生きてるだけよかったわ」
「……そうだな。あれだけ血流してて、滅茶苦茶焦ったけど」
「私が助かったのは皆と、留三郎のおかげね。……ありがとう」

治療してくれたのは先生や伊作くんたち、運んでくれたのは留三郎、道を作ってくれたのは皆。多くの人の力で私は生きている。
もっと言うなら、死を前に絶望しないでいられたのは留三郎のおかげだ。そう伝えたらどんな反応をするだろう。その勇気はなくて、代わりに彼の肩にそっと寄り掛かる。じんわりと心の奥から温もりが広がるのを感じた。



いつまでもこうしていたいけれど、そうはいかないだろう。想いを通わせたのはずっと前だけれど、そろそろ後回しにしてきた話をしなくてはならない頃だ。
そんな私の心境を察してか、「なあ、なまえ」留三郎が私の名を呼ぶ。返事をすれば、彼は私の背から肩に腕を回して、そのまま抱き寄せられた。どきりと跳ねる胸は、けれど不安も混じっている。

「そろそろ話しておこうと思ったんだけどな」
「うん」
「卒業したら俺と一緒になってくれ、って言葉」
「……うん」
「――取り消す気はないから」

その約束をしたのは私も忍の道を目指していたときだ。忍者とくの一、互いに高めあっていこうと誓いあって。でもその誓いは、この傷で不可能となった。
それを理由に別れるのが怖かった。生き続ける上で、留三郎を失うことは何よりの恐怖だった。

「……本当に?」
「当たり前だ」

でも、それでもいいと言うのか。共に居てくれると、そう言うのか。
ぐりぐりと頭を撫でられる。大きくて暖かい掌。鋭い目が柔らかく細まって、私の好きな笑顔を見せていた。
「留三郎、好きよ」「知ってる」感極まって泣きそうになって、誤魔化すように留三郎の肩に顔を押し付ける。触れあい愛の言葉を口にするこの応酬は、「いちゃつくなら他所でやってよね」伊作くんの咳払いが聞こえるまで続いた。

「留三郎、大好き」

最期に留三郎がいてくれるならいいなんて、やっぱり嘘。
生きていてよかったと、遠い未来で笑いあえるまで、ずっと一緒に。




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