優しさはいらない

実習の最中だった。満身創痍の中、気配に気付いたときにはもう遅く、風を切る音と同時に横腹に熱が集まる。首を捻れば走り去る影ひとつ。ちかちかと点滅する視界。

「なまえ!」

留三郎の声に、身体が倒れていることにようやく気がついた。ぐるりと抱き起こされて、留三郎の顔が視界に入る。悲痛な表情。そんな顔しないで、と伸ばした腕は鉛のように重くて、赤いもので汚れていた。
装束を見れば紅が広がっていて、ようやく斬られたのだと理解する。

「あ……や、やだ、わたし、」
「大丈夫だっ、喋るな!」

こわい。決して浅くないそれを自覚すると痛くて痛くて、熱くて、ぼろぼろと涙が溢れる。痛い、死にたくない、落ちる言葉は意味を成さない。
助けて。すがりつく手を、留三郎が掴む。しっかりと握られて、留三郎の声で少しだけ痛みが和らぐ気がした。
すぐに布が当てられ、見えなかったけれど、止血か応急処置かをされたのだろう。流れ続ける血に効果があるのかは分からなかったけど、しないよりはまし、なのだろうか。
視界がまた動く。患部に障らぬよう背中や足に触れている腕が私を抱えてくれていた。留三郎のぬくもりで、巣食う恐怖がゆっくりと溶けていく。留三郎の顔を見上げれば、滲む視界でも彼が真剣な目をしているのが分かった。

「すぐ伊作のところに連れてってやる。そしたらちゃんと手当てしてくれるから」

言うや否やで留三郎は走り出す。なるべく揺らさないように配慮してくれていて、けれど出来る限りの速度で。敵に襲われないのは、他のくのたまや忍たまが道を作ってくれているのだろう。
でも、と。私の思考の片隅がどこか冷静に告げる。
無理だよ留三郎。伊作くん、此処とは違うところに配置されてるもの。他の保健委員だって、他の怪我人で手一杯。私ひとりに掛けられる時間は限られている筈だ。
だからもう、捨て置いてしまって。声にしようとした言葉が熱いものと一緒に喉でつかえる。舌も唇も思い通りに動かなくて、指にもちっとも力が入らなくて、あとどれだけで意識も無くなるのだろうか。

「大丈夫だ。だから、泣くな」

留三郎が絶えず言葉を掛けてくれるけれど、応える術を持っていない。大丈夫だと留三郎が言ってくれるから、私はそれを信じなければならないのに。意識は暗い闇に落ちていきそうで、でも、まだ、抵抗できる筈。
目を閉じる。届くかなんて分からない言葉を、振り絞るために。真っ暗な視界は心細いけれど、すぐ近くにあるぬくもりを感じていれば、怖くない。
捨て置いてなんて嘘。これが最期なら、今だけずっと一緒にいて。

「留三郎、すきよ」

掠れた声は留三郎の耳に届いただろうか。意識が深い泥のような闇へと沈む。たとえこのまま目が覚めなかったとしても、私は後悔はしないだろう。
最期に留三郎がいてくれるなら、それがきっと私のしあわせだから。




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