今宵も門は叩かれない

私はくの一のたまごで、三郎は忍者のたまごだった。
恋仲になり、将来を誓い合ってからも、お互い信念を持って忍を目指していた。私はそんな三郎が好きだから『危険なことはしないで』なんて口が裂けても言えなかったし、三郎も私に家で大人しく帰りを待つ妻になれとは言わなかった。
だから代わりに私たちは約束をした。

「絶対に帰ってきてね」
「ああ、勿論だとも」

忍務のとき、実習のとき、いつも交わされる約束。無事にとまでは願わない、五体満足じゃなくてもいい、帰ってきて『おかえり』を言わせてくれればそれだけでいい。
それでも甘いと先輩や友人たちは顔を顰めて言うけれど、まだたまごの私たちは、互いが居なくなる覚悟なんて出来やしなかった。

三郎はいつだって、どんな願い事でも叶えてくれた。嘘を吐いたことなんて一度もなかった。今までだってこれからだって、約束を違うことなんて絶対にない。

「三郎が、」

だから竹谷の言葉なんて信じない。





班に分かれての実習だったそうだ。城に忍び込んで指定されたものを入手するというよくある類いのもので、三郎がいる五人組(雷蔵と竹谷は別の班だったらしい)は順調にそれをこなしていた。けれど内のひとりが誤りを犯して、城の忍者に見つかり追われた。三郎は一番強かったから殿をつとめて、けれど決めていた集合場所に幾ら経っても現れなかった、先生も捜したけれど手掛かりも見付からなかった、と。

――それがどうした。

「三郎は帰ってくるって、約束したもの」

泣き腫らした目で語る竹谷も、申し訳なさそうに頭を下げる三郎と同じ班だった忍たまも、いい加減なことを言うのは止してほしい。
三郎は約束を破らない。少し時間は掛かるかもしれないけれど、約束したのだから絶対に帰ってくる。

私は門の傍で待つことにした。昼間は小松田さんがいるけれど、夜、小松田さんが寝てからだと帰ってきた三郎が入れないかもしれない。何より、誰よりも先に会いたかった。
先輩や友人たちはいい顔をしなかったけど、それでも強く言われることはなかった。きっと『まだ受け入れられないのだ』などと考えられて、暫くはそっとしておこうという心積もりなのだろう。煩く言われるよりはよかったから、気にはしなかった。
唯一、雷蔵だけが私の隣に並んでいた。三郎と無二の親友だから、彼も三郎が戻ることを信じて待っているのだろう。当然、竹谷やい組のふたりも実習のたび自主練のたび三郎を捜しているけれど、夜だけは休むようにと雷蔵が勧めた。多くの人に心配を掛けるのは三郎の本意じゃないだろうと考えてのことだ。彼らは渋々と頷いて、けれど帰り次第知らせるようにと何度も言い含められた。

「三郎は帰ってくるのよ」
「うん」
「三郎は嘘は吐かないんだから」
「うん」

待つことに疲れてしまったり、不安を覚えて泣いてしまったりなんてことがないよう、毎夜繰り返す私の言葉に、雷蔵は頷いて相槌を打つ。返事なんてなくてもよかったけど、肯定されることで生じる安心感は私の心を奮わせる。

「三郎が帰ってきたら、文句を言ってもいいかしら。待たせすぎよ、って」
「うん、いいと思うよ」
「でも、一番最初に言う言葉は決まってるのよ」
「僕もだよ」

にこりと笑う雷蔵に、私も微笑みを返す。大丈夫、まだ笑っていられる。泣いてしまえば多くの人が下してしまった判断を認めてしまうような気がして、私たちは一粒の涙も零していない。まだ暫くは流すつもりも、ない。

「早く帰ってこないかしらね」
「うん」

私の視線の先に聳える門は、ぴたりと微動だにせず音ひとつ立てない。でも三郎は天才だから、気配なんか私に気付かせずに近付けるだろう。だから油断は禁物だ。どの瞬間に叩かれてもいいよう、気を抜かないで待つ。
大丈夫、三郎は嘘を吐かないもの。
だから私も待っていられる。
無事にとまでは願わない、五体満足じゃなくてもいい。たとえ帰ってきたのが屍だったとしても、『おかえり』と迎えるその日まで、待ち続けるから。




×