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こちらをどうぞ、と滝夜叉丸は手鏡を差し出した。ずっと様子を窺っていた彼が、なまえが花で飾られたと知り、あの体育委員会委員長にそんな芸当が出来たなんて、と急いで自室に取りに戻ったものである。
なまえは目を瞬かせてから微笑んだ。彼の気配には気付いていたが、わざわざ鏡を用意していたとは思わなかったのだろう。その微笑みだけで取りに行った甲斐があるというものだ。

「貴方たちが皆で作ってくれたんだってね」
「え、ええっ。拙いものですが」
「嬉しいわ、ありがとう」

両手が塞がっているなまえの為に、鏡面を向けて持ち直す。綺麗に磨いているそれに映るのは、頭巾と髪の間に差し込まれたやはり大きめの花冠だ。
予想よりも大きかったのだろうそれに、なまえは可笑しそうにくすりと笑う。

「大きけりゃいいってもんじゃないのに」
「そ、それでも七松先輩が一生懸命に……」
「ええ、分かってる」

滝夜叉丸は出来ることならいい関係をと願っている。そのため、小平太の行動がなるべくなまえの気を害さないよう勤め上げた。心証が悪くならないように他の体育委員も巻き込んで部屋の掃除だってした。何か不服があれば補おうとフォローの言葉を出す滝夜叉丸に、しかしなまえは微笑んだまま。

「今度何か差し入れでもするわね」

立ち去るときも、少々不格好なそれを外そうとはしなかった。両手が塞がっているとはいえ軽く頭を振れば外れてしまうだろうに、なまえは少しも崩さず去っていく。

残された滝夜叉丸は、呆然と見送りながら頭を働かせた。
なまえは優しい先輩ではあるが、それは後輩に対してのみである。同級生には厳しい態度を取ることも多い彼女が、加えて言うなら美しきを良しとするくのたまが、体育委員会委員長の作った綺麗とは言えない花を髪に飾ったままにするなんて。
後輩のことを気にしてか。否、それならば付け替えればいいだけの話だ。他の面子が作ったものの方がましなものもあるだろうし(三之助は除くが)。
つまり、じゃあ、心を許しつつあると見ていい、のだろうか。

「おっ、滝夜叉丸!バレーでもするか!」
「そ、それよりも、なまえ先輩の話をしましょう!本物の花が咲いたら花見に誘うなんていかがですっ?」

バレーの話をしている場合ではない。押し処を見逃してはならない。今後のふたりの為に、後輩たちを巻き込んででも次の一歩の為に苦心しなくては、と滝夜叉丸は意気込んだ。
バレーが嫌だからというわけでは、決してない。多分。






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