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遠くから地を蹴る音が響く。聞き覚えのあるその足音が真っ直ぐ向かってきていることに気付き、なまえは眉をひそめた。傍にいた後輩くのたまを庇うように背に回すのと、それが襲来したのはほぼ同時。
砂埃が舞う。それを不快に思ったなまえが更に眉間の皺を濃くすれば、しかしそれに構わず襲来者――小平太はにかりと満面に笑みを浮かべた。

「なまえ!探したぞ!」
「その割には一直線だったようだけど。何の用?悪いけど、私、後輩の練習を見てるから」
「いいからちょっと一緒に来てくれ!」
「だから無理――ぎゃっ!」

なまえの言葉なんて聞いちゃいない。小平太はなまえを担ぎ上げると「いけいけどんどーん!」走り出す。
「ごめんね帰れたらすぐ行くから本当この馬鹿のせいでごめんね!」抵抗虚しく逃げられそうにないなまえは、呆然とした様子で立ち尽くす後輩に声を張り上げる。出来れば助けを呼んできてほしいところだけど無理だろう。くのたまたちに迷惑をかけるつもりは毛頭無いし、忍たまたちは今でもやっぱり見て見ぬ振りだから。後輩が巻き込まれなかっただけ、よしとしよう。
あっと言う間に後輩の姿が見えなくなって、なまえは深く深く溜め息を吐く。小平太が高く跳んだ衝撃で舌も噛んだ。こればっかりはどうにかならないものか、おとなしく口を閉じるなまえは若干涙目になっていた。



走り続ける小平太が止まったのは、忍たま長屋の一角だった。それが六年生の長屋だと気付いたのは、どさりと尻から落とされた後だ。

「……あんたと中在家の部屋?」
「ああ。ちょっと散らかってるけど、気にしないで入ってくれ!」
「一応忍たま長屋にくのたまは立ち入り禁止じゃ、って、ぎゃっ!」

くのたま側ほど厳しく取り締まられてはいないが、当然良しとはされていない。敬遠してみせるが問答無用に部屋に引っ張り込まれた。
部屋の中央に置かれた衝立のどちら側にも同室者の姿はない。きちんと整理整頓された方が中在家長次のものだろうとなまえは視線を移動させる。もう一方は、確かに散らかってはいるが予想よりもずっとましだった。

「渡したいものがあるんだ」
「……なに?」

にかりと笑って小平太は机にあった大きな箱を持ち上げた。軽々と持ち上げる小平太の様子からその中身を推測することは出来そうにない。彼はあの中にぎっしりと10キロ算盤が詰まっていても笑っていられるに違いない。
また薬だろうか、今度は打ち身に効くものだといいな。痛みを訴える尻にそんなことを思いながら、なまえは首を傾げてみせた。






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