とある寒い一日1

立花仙蔵は退屈だった。
本日の授業は終わり、自身に課した自主練も終えた。作法委員会は数日前から休みを言い渡している。忍務もなければ、同室者のように闇雲に鍛練をするつもりもない。得意とする焙烙火矢には予備もあるから新たに作る必要もなく、手持ち無沙汰に暇を持て余していた。
何か面白いことは起きないものか。ふと考え、そうではないと否定する。何もないのではなく、起こさねばならないのだ。常に騒ぎの芽を蒔いて、見物する態勢を万全に整えて置かねばならなかったのだ。
唇の端を釣り上げる彼を同室者が見ていたならば、「また良からぬことを」と見て見ぬふりをしただろう。巻き込まれたくはないのは誰も一緒だ。

そういうわけで、仙蔵は校庭を歩く。委員会の後輩が掘った蛸壺に落ちないよう注意しながら向かった先は、体育委員会が塹壕掘りに勤しむ場。用具委員長が見たらまた声を荒らげるだろうその場所で、「小平太」仙蔵は体育委員会委員長七松小平太の名を呼んだ。

「なんだ仙蔵か。どうしたんだ?あっ、一緒にバレーするか?」
「バレーはいい。それより聞きたいことがあってな」

この後はバレーも控えているのか、と彼に付き従う後輩たちに憐れみを覚えたのは一瞬、しかし巻き込まれるつもりはないとすぐに己の話を切り出した。
小平太を地中から上がらせ、他の体育委員から距離を取る。小平太に見えない角度で静かに喜ぶ彼らが見えた。休憩くらい入れてやれと思えど発言する義理もない仙蔵は見て見ぬ振り。

「みょうじなまえとは最近どうだ」
「最近?うーん、いつも通りだが」
「見かけると捕まえて話をして連れ回して怒らせて、か」

体育委員会の後輩が聞いたら胸を痛めるような扱いであるが、ツッコミを入れる者はふたりの傍にいない。
仙蔵は演技掛かった動作で腕を組み、難しい顔をする。小平太が不思議そうな顔をすると、静かな声で呟いた。

「それはいかんな」
「え?」
「マンネリは破局のもとだ。同じことの繰り返しではいずれみょうじもお前の相手をしなくなるかもしれない」
「そ、そんなことはない!」
「お前がそう思うのは勝手だが、みょうじはどう思っていることか」

勿論すべて出任せである。振り回される本人はマンネリを感じる暇もないだろうし、そもそも始まってすらないのだが。
そんなことには思い当たらず、小平太はショックで真っ白になった頭を抱えた。その様子に仙蔵は小さく口角を上げる。そのまま微笑みを浮かべ、朗らかに告げた。

「そういうときは、いつもと違うことをしてやればいいのだ。あまり行かない場所に誘うとか、珍しいものを贈るとか、な」
「分かった。ありがとう仙蔵!」
「なに、同級のよしみだ」

仙蔵の浮かべる笑顔はあまりに嘘くさかったが、やはり突っ込む者はない。用は済んだとばかりに仙蔵はその場を離れ、小平太は委員会へと戻る。
これで今日明日の内には聞き慣れた悲鳴が聞こえてくるだろう。楽しみだ、と仙蔵はくつくつ笑う。通りがかった生徒が「また良からぬことを」と冷や汗を流したけれど、それに触れることはしなかった。誰だって我が身が可愛いものである。



 


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