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「三郎と雷蔵、爆発しろ」

「……いや、雷蔵は自慢してこなかったから爆発しなくていい。三郎だけ爆発しろ」

「……でもそうしたら雷蔵が悲しむかもしれない。あんな奴でも雷蔵の親友だし。じゃあ爆発はなしで……いや、でもなぁ……」

「やっぱチョコの数自慢してくる奴は爆発しろ」



中在家先輩と元生徒会長にチョコレートを渡してきた昼休憩。廊下の片隅でぶつぶつ呪い言のようなことを呟いている竹谷八左ヱ門がいた。

私はまだ彼らと面識がない。すれ違ったことくらいはあるけれど、別のクラスの生徒が関わりを持つきっかけなんてなかなか無かった。記憶のない彼らに突然話し掛けても、胡乱者と思われるだけだろう。
これは、チャンスだろうか。
八左は今ひとりきりだ。蹲っているものだから、具合が悪いように見えなくもない。心配を装い声を掛ければ、関わりを持つことが出来るかもしれない。

「……あの、大丈夫ですか?」

傍に歩み寄り、声を掛ける。気配に気付く様子もなかった八左の肩が、びくりと大袈裟なまでに跳ねた。
振り返ろうとした体が不自然に止まる。どうしたのかと問う前に八左は耳を塞いだ。

「いーや、騙されねえぞ!また三郎が女の子の声真似してんだろ!同じ手に何度も引っ掛かるか!」
「……えっと、三郎くんじゃないんだけど」
「あーあー聞こえない!」

三郎は一体何をやったんだろうか。否定しようにも言葉は届かないし、回り込んでみても目をぎゅっと瞑っている。この時代の三郎は変装できないだろうから姿さえ見てくれれば誤解は解けるだろうに、うっすらとも開く気配はない。
どうやら失敗のようだ。仕方ない、次の機会を待とう。忍務でも深追いは禁物と言われてきたのだから。

「具合が悪いんじゃないならいいの、邪魔してごめんね。お詫びにこれ、よかったら」

友チョコの予備を八左の足元に置いておく。チョコレートを貰えないことを気にしていたようだから、多少は元気が出るかもしれない。これも三郎が用意したのかと思われるかもしれないが、まぁ、後のことは彼らの中でどうにかなるだろう。





(竹谷視点)

女の子の声が聞こえなくなって暫く、俺はうっすらと目を開ける。
全方向確認。三郎の姿、なし。物影、問題なし。

――勝った!

三郎にはイベント事の度に何度も騙されてきたからな、もう充分だ。
朝、下駄箱にチョコが入っていた。白い箱に真っ赤なリボンがついていて、中のハートの形のチョコレートは、既製品かってくらいにつややかな光沢。メッセージカードには可愛い字で一言書かれていて、チョコを貰えたとテンションの上がったままにメッセージカードを裏返すと三郎のネタばらし。めちゃくちゃ手が込んでいて、チョコも美味かったのがかなりムカついた。あいつ雷蔵に渡すチョコに本気すぎる。
しかし今日はもう引っ掛からないぞ。得意になって立ち上がった俺の足元で、くしゃりと小さな音。視線を落とせば半透明のピンクの袋がそこにあった。拾い上げてみれば、中にチョコレートが入っているのが分かる。

「……三郎のと、違う?」

手作り感満載のブラウニーは朝に騙されたチョコレートとは全然違う。可愛らしくはあるけれど変な細工がされている様子もないし、ネタばらしになりそうなものも入っていない。騙すときにはネタばらしまで、が三郎なのに。
ま、まさか本当に誰か女の子が……いやっ、そう判断するのは早い!三郎が二種類用意したのかもしれない。ネタばらしはチョコの中に隠しているとか、そうだ、そうに決まってる!で、でも、いくら三郎でも……

「と、問い詰めないと!」

俺が誘惑に負けてぬか喜びしてしまう前に!

ピンクの袋を潰さないよう握りしめ、俺は自分の教室へと走る。同じ顔の二人組を見つけると、「三郎!」チョコを突きつけた。ぽかんとした表情が変化していく。

「これっ、」
「ハチがチョコを貰った……だと……?!」
「……え?」

がたんっ、と音を立てて立ち上がった三郎は驚愕を顕にしている。雷蔵も目を丸くさせ、けれどすぐに微笑んだ。
って、あれ?

「よかったね、ハチ。誰から貰ったの?」
「えーと……これ、三郎じゃねーの?」
「私が用意したのは朝のひとつきりだ」

う、嘘だろ。雷蔵に確認するように視線を向けても、本当だよと笑顔を崩さない。雷蔵がこんなことで嘘を吐くわけがない。
じゃあ、あの女の子は本当に三郎じゃない誰かだったのか?本当に誰か女の子が、俺に声を掛けてくれた、ってことか?
だとしたら、俺は。

「俺は一体なんてことを……!」

三郎だと思い込んで、ものすごく失礼なことをしてしまった!礼もしてないし、名前すら分からねえ!
思わず頭を抱えて蹲る。ああ、また「大丈夫?」と声を掛けてくれないだろうか。勿論そんなことは起こるはずもない。

「……ハチは一体どうしたんだ?」
「さあ……」

三郎と雷蔵の声を聞きながら、俺はチャイムが鳴るまでそのままだった。






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