僕らの空腹

自由時間が終われば、今度はお昼のカレー作りだ。整列して座って施設の人の注意を聞いて、班ごとに分かれて調理に入る。
炊事場に行ってしまうと富松くんはこう言うだろう。「俺が材料とか取りに行くから、お前らは絶対に動くなよ」と。しかし取りに行かなきゃいけないのは、食材と刃物と薪の三ヶ所に分かれている。薪はともかく、食材と刃物は早めに取りに行かないと何も出来ない。混雑を回避するために離れた場所で配布しているから一度に取りに行くのも難しいし。
だから、移動する前にどれかひとつ確保しておきたいのだ。

「というわけなんです、お願いします」
「でもなあ、移動してから取りに来る決まりだから」
「移動が済んでることにしてください。富松くんの為でもあるんです」
「でもなぁ……」

融通の利かない担任だ。けれどうだうだしてる間に他の場所に生徒が集まりだして、先生も仕方なさそうに食材入りのカゴを渡してくれた。
キタコレ!とるんるん気分で炊事場に行けば、「真下!」と富松くんの声。

「どこ行ってたんだよ」
「食材貰ってきた。富松くん、包丁お願い」
「だからっ……!」
「私が行ってきてもいいけど。時間あんまりないし、さ」

本当は富松くんに方向音痴を抑えててもらった方が助かるんだけど、富松くんが頷くわけないのでお願いする。時間がないのは確かなので富松くんも渋々といった感じに了承した。小言は後で聞き流そう。
駆け足の富松くんを見送るのもそこそこに、私は残るふたりに目を向ける。縄で柱に繋がれたふたりを見るに、私はまだ方向音痴でも軽症の部類に入れられてるのかもしれない。私まで繋がれることになったら、そのときは徹底抗戦しなきゃならないだろう。もう始めてもいいかもしれないけど、とにかく今はカレーだ。

「さて、神崎くん次屋くん。野菜洗おっか」
「作兵衛手伝わなくていいのか?」
「包丁取りに行くくらいひとりで大丈夫だよ。薪を取りに行くのは訊いてあげたらいいんじゃないかなぁ」
「そっか」
「その間、神崎くんは一緒に野菜切ろうね」
「分かった!」

ふたりにニンジンやジャガイモを丁寧に洗ってもらい、私はその間に炊事場に常備されてる鍋や飯盒を洗う。施設の人に言われた通り、鍋の外側に粉末洗剤を振り掛けておくのも済ませておこう(こうしておくと鍋の外側の煤が落ちやすいらしい)。
その後のことは早かった。薪を取りに行くのは富松くんと次屋くんに任せて、神崎くんと野菜を切っていく。思いきりのある神崎くんが指まで切らないかひやひやしたけど、心配は杞憂に終わった。うん、ニンジンやジャガイモがごろごろしてるけど、遠足っぽくていいよね。家で作るときは野菜に火を通してからだけど、かまどの火じゃ焦げちゃうから具材は全部水の中に入れておく。心配しなくても火は通るらしい。
薪に火をつけるのは富松くんたちがやってくれて、何だか手馴れてるみたいに簡単に火がついた。本人たちもびっくりしてたけど。鍋や飯盒を運んで、時間をきっちり計りながらどうにか完成。火の守りは神崎くんと次屋くんに任せたから迷子になることもなかったし、使った包丁なんかの洗い物も平穏に済んで。
出来上がったカレーは、空腹と遠足という非日常感がスパイスになって、すごく美味しかった。
こんな遠足なら、まぁ、いいかなって、ほんのちょっとだけ思った。




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