僕らの出発

風邪引いたからって休むんじゃなかった。なんて後悔しても後の祭り。既に決められた遠足の班は変更なんて出来るわけない。
でも、これはないと思うんだ。
遠足とかって、普通女の子同士でグループを作ると思うんだよね。入学から1ヶ月、初等部から持ち上がりの人もいるとはいえ、私みたいな中等部からの入学生も少なくない。つまりこの遠足は、まだお互いのことを知らない中で親睦を深めることが目的の筈。それでしっかり仲良くなって、今後の学生生活を上手くやっていけるように、って。
それなのにどうして、私は富松くんたちと一緒のグループなの。
そりゃ、男女別とは決められてなかったけど。でも他の班はしっかり男女別れて組んでいるし。先生が決めたっていうならまだ納得できたけれど、生徒が自由に決めるって分かってたし。
そもそも私、クラスメイトの女の子と「一緒の班になろうね」って約束してた。その子がわざと約束を破ったんじゃないのは、翌日登校した私に開口一番謝ってきた様子からも分かること。
つまり、きっと富松くんが決めたんだ。休んだ私が悪いとはいえ、逆怨みせずにはいられなかった。

「やだなぁ、行きたくない」
「駄目だよ、時枝。僕もジュンコのいない遠足なんて行きたくないけど」

遠足当日。家の前で駄々をこねる私に、孫兵は呆れたように息を吐く。ジャージ姿の孫兵の首もとに、いつも一緒のジュンコちゃんはいない。ジュンコちゃんのことを知らない生徒もいるから混乱が起きるかもしれないし、もしいなくなったりしたら大変だから、先生に止められてしまったらしい。孫兵、寂しそう。

「一緒に休もうよー、孫兵ー」
「迷子になって集合場所に来れなかった、って思われるだけだよ」
「じゃあ孫兵も一緒にいてよー」
「クラス違うんだから無茶言わないでよ。僕はいいけど、他の子に迷惑かけることになるし」
「私とクラスの子、どっちが大事なの!」
「そりゃあ時枝だけど。幼馴染みだし」
「……孫兵大好き。ずっと友達でいてね」
「はいはい。ほら、行こう」

自分も本当は行きたくないのに、私の手を引いてくれる孫兵は優しい。随分大切にしてくれてるのが分かる。そりゃあジュンコちゃんたちが一番だし、それでこそ孫兵だけど、孫兵が幼馴染みで本当によかった。孫兵と一緒の中学校に来てよかった。



集合場所に行けば、バスが数台並んでいた。既に乗っている人もいるし、外で友達とはしゃいでる人だっている。先生が早く座れって言ってるけど誰も聞いてやしない。私もすぐに入る気にはなれず、きょろきょろと辺りを見回して友達の姿を探した。

「時枝、誰かと一緒に座る約束してるの?」
「うん。一緒の班になろうねって約束してた子が、せめてバスは一緒に座ろうって言ってくれて」
「なら、ちゃんと来てよかった」
「うん。ありがとう、孫兵」

クラス別のバスの中、座席は班とは関係なく決めてよくて、ホームルームで決定した瞬間から唯一遠足で楽しみにしていたのがバスの移動時間だった。それなのに休んでたら、また迷惑掛けちゃうところだったな。反省。

「あ、真下。孫兵が連れてきてくれたのか」
「連れてくるも何も幼馴染みで家が隣なんだし、一緒に来るくらい普通だろ」
「……おはよう、富松くん」
「おう。今日は勝手に行動して迷子になるなよ」
「はいはい」

やってきた富松くんの言葉は、もう否定するのも面倒だから流しておく。方向音痴の汚名は晴れないけれど、うるさくされないには一番ましな方法だ。
富松くんはひとりでいて、神崎くんと次屋くんは先にバスに押し込まれたらしい。バスの窓からこっちに手を振っていた。振り返してみる。どうでもいいけど、なんで別々の窓から見えるんだろう。二人は座席が並んでたと思うんだけど。

「作兵衛、時枝はひとりでも大丈夫だから、あんまりうるさくしないでやって」
「ひとりにして迷子になってからじゃ遅いだろ」
「だから時枝は方向音痴じゃないってば」

勘違いを解こうとしてくれる孫兵と、解ける様子もない富松くんを横目に、私は約束の子を探す。いつも十分前行動の子だからそろそろ来る筈……あ、来た来た。

「孫兵、来たからバスに乗るね」
「そう。じゃあ、また後で」
「うん、また後で!」

孫兵に声を掛けてからダッシュで向かう。富松くんの声はBGMだと思っておこう。孫兵が止めてくれてるのか、追い掛けてくることはなかった。

「おはよう!」

その子に挨拶をして、一緒にバスに乗って、何故か私の席に座ってた神崎くんを彼の席に案内して、自分の席に戻って。そのまま話していたらいつの間にか出発していて、もうこのまま目的地に到着しないでいいのになぁなんて考えながら、私は会話に没頭した。




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