僕らの遭遇

次の時間は家庭科だ。私はこの授業が好きだった。何故なら、富松くんたちがいないから。
家庭科と技術科の選択授業で、富松くんたちは技術科を選択した。私も技術科にするよう言われたけれど、希望用紙を提出してしまえばこっちのもの。技術科はあんまり好きじゃないし、そんなとこまで言いなりになれるもんか。
当然移動教室で迷子になることもなくて、楽しい一時間を過ごす。ミシンは苦手だけどエプロンは上手に作れたし、料理は好きだから調理実習も楽しい。今日はどんな授業になるんだろう、と思えば足取りも軽くなるものだ。

さて、そんなわけで、私は授業の行われる場所に向かってる、んだけれど。

「あ、真下!」
「何してんだ、こんなところで」
「こっちの台詞だよ」

何してるの神崎くん次屋くん。技術科の教室はこっちにないはずなんだけど。富松くんは一体何をしてるんだ……ああ、日直だから用事を任されたのかな。
二人といるとろくなことにならないから、あんまり関わり合いになりたくない。けれど放っておくのもどうかと思う。休み時間ならともかく、迷子探しで授業に出れないってのは富松くんが可哀想だ。
神崎くんか次屋くんの携帯電話から富松くんに連絡、が妥当かな。ちなみに私は携帯電話を持っていない。中学生に携帯電話は早い!ってのが両親の言葉で、私もそれに異論はない。家に電話しなきゃいけないときも、テレフォンカードのお世話になっていた。閑話休題。

「次屋くん、ちょっとケータイ貸して」
「え、いいけど……あ、作兵衛から着信あった」
「出てあげなよ……」
「先にかけ直していい?」
「うん、そうしてあげて」

次屋くんがボタンを操作して、耳に当てる。と同時に何処からか着信音が……あ、止んだ。

『どこにいやがるこの馬鹿ー!』
「どこにいやがるこの馬鹿ー!」

「……此処にいるよー」

携帯電話から漏れて聞こえた声と同じ声がすぐそこから聞こえて、私は声がした方に直接呼び掛けた。
「そこかぁ!」すぐに姿を見せたのは携帯電話を片手に持った富松くんで、やっぱり怒った顔。どうでもいいことだけど、携帯電話はマナーモードにしておかなきゃ駄目だと思う。

「やっと見つけた!……って、真下まで一緒かよ」
「偶然会ったの。じゃあ私、授業に行くから」
「待て待て!家庭科室はそっちじゃねぇ!先に連れてってやるから!」
「ちょっ、ちょっとまって、とまっ……!」

富松くんが迷子二人を縄で繋ぐ。一方の手で縄を、もう一方の手で私の手を掴んで、勢いよく走り出した。速い!速いし、それに、ちょっと待ってって言ってるのに!

「ほら、着いたぞ」
「……」

私の言葉はやっぱり富松くんには届かなかった。目の前には家庭科室。家庭科室と並んで調理実習用の家庭科実習室があるけれど、さて、富松くんは気がついているだろうか。

「作兵衛、教室の中に誰もいないぞ」
「実習室もだ」

神崎くんと次屋くんが縄に繋がれたまま教室を覗けば、「は?!」富松くんが驚いた声を上げた。慌てて覗いてそれを確かめる。当然、いるわけがない。

「な、なんで……」
「だって今日、洗濯実習だから」

家庭科の実習で一度だけある洗濯実習。盥と洗濯板を使った昔ながらの手法を学ぶわけで、当然家庭科室でできる実習じゃない。だから体育館近くの水道集合で、さっきはそこに向かっていたわけだ。それなのに、富松くんに引っ張られて此処まで来てしまった。だから待って、って言ったのに。
今からじゃ遅刻確定だ。ああもう、山本先生怒ったら怖いのにな。私の憂鬱な気持ちを後押しするように、チャイムが鳴り響いた。

「ほげっ、チャイムが!」
「作兵衛、行かないのか?」
「い、いや、でもよ」
「行ってきたら?早くしないと先生来ちゃうよ」
「で、でも、真下は……」
「私はいいから。じゃあね」
「ちょっ、真下……」

ちょっとでも早く行きたくて、廊下を走り出す。先生に見つかりませんように、なんて願いながら。
山本先生への言い訳は『間違えて家庭科室に行っちゃいました』にしよう。間違えて、は嘘だけど。あんまり怒られないといいなぁ。

そんな思いは虚しく、山本先生に怒られた私は後片付けの手伝いを言い渡されることになる。本当に彼らといるとろくなことにならない。今度からは知らん振りしてもいいかな、なんて本気で考えることにした。




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