僕らの出会い

きっかけは入学式の日だった。

その日は早くに目が覚めた。今日から中学生だと、新しい環境に入ることにどきどきして、あんまり眠れなかったのだ。
朝ごはんをしっかり食べて。新しくパリッと糊の効いた制服に袖を通して、鏡の前でくるっと回ったりして。全部の用意を済ませて点検も済ませてしまうと、いてもたってもいられず家を出た。
同じ中学校に通うことになる隣の家の孫兵は、前日のうちに一緒に行けないと告げられていた。嫌がられてるとか恥ずかしいとかでなく、単純に優先順位の問題だ。浮かれてるだろう私に合わせて早く家を出るより、ゆっくりジュンコちゃんやジュンイチたちと戯れたいらしい。それでこそ孫兵だと私は思う。
足取りは軽く、これから通う中学校に着いたのは随分早い時間だった。ちらほら新入生らしい人はいるけれど、あの子たちも私みたいにじっとしていられなかったのだろうか、なんて。

「入学おめでとうございまーす」

校門の受付でそう言われて渡されたのはクラス分けの表。靴は指定の靴箱に入れて、上履きに履き替えたらまずは自分のクラスへ行けばいいらしい。
お礼を言って、校舎の方へ足を向ける。友達できるかな、中学校の授業ってどんなのかな、そんな色々なことを考え、ふと昇降口で立ち止まった。
左手首に目を落とす。入学祝いに買ってもらった時計は、集合時間よりずっと前を指している。教室に行ったって、ほとんど人はいないだろう。ひとりで待つのは、ちょっと寂しいかもしれない。

――じゃあ、ちょっとくらい探険してもいいよね?

小中高大一貫のこの学校は、敷地がびっくりするくらい広い。大学だけは少し離れたところにあるらしいけれど、体育館や図書館はいくつかあるし、植物園なんかもあるらしい。孫兵が放課後に案内してくれるって言っていたけれど、でも、ほんのちょっとだけなら。
そう自分に言い訳して、校舎に入らず中庭か何かがあるだろう方向に歩き出した。

それが間違いだったのだ。



「迷った……!」

もうすぐ集合時間だと言うのに、私は教室に辿り着けていない。
それどころか現在地を把握できていない。ぐるりと辺りを見回しても、そこはただただ森だった。
森だった。大事なので二度言っておく。
私は油断していた。広いって言っても所詮学校でしょ?そう思ってしまっていたのだ。そうだ、孫兵がわざわざ「案内する」と言ったのに、浮かれていてその意味をきちんと受け取れていなかった。
孫兵が案内する=「わざわざジュンコとの大切な時間を割いてあげる」ってことで、そうしてやらないと絶対迷子になるからってことで、迷子になってもし探すことになったら案内以上の時間が取られるってことで、ああもうつまり規格外に広いってことじゃないか!
ごめんね孫兵、私幼馴染み失格だよ。そう落ち込む私に、更に追い打ちがやってきた。いや、このときは救いの手だと思ったのだ。

「こっちかー!」

聞こえた人の声。はっと顔をあげれば、誰かが走ってくるのが見えた。助かった!そう思った私の前で、彼はぴたりと止まった。新品の制服、訝しげな顔。

「こんなところで何をしてるんだ?」
「ええと、その、私外部入学で、初めてだから迷ってしまって。中等部の校舎はどっちか分かりますかっ?」
「お前も新入生か!僕は初等部から通っているから、一緒に行こう!こっちだ!」

大体要約するとこんな感じの会話を交わして、彼に、神崎左門と名乗った彼に手を引かれるまま、私は走り出した。
結果はお分かりですね?
ええ勿論、更に迷いましたとさ。

「おっかしいなー、こっちだと思ったんだけどな」
「……あの、神崎くん、もしかして、迷子?」
「そうなのか?じゃあ、作兵衛探さないと」
「誰。っていうか自覚ないの?」
「無自覚は三之助だ!僕は決断力のある方向音痴だからな!」
「先に言えー!」

そうこうしているうちに時計はチャイムまであと十分を切った。むしろよくチャイム鳴ってないな、っていう感もあった。
よしもう動かないで助けを待とうか。神崎くんに付き合って走っていたせいで私の体力はもうゼロよ状態だった私は、再び走り出そうとする神崎くんをとにかく引き留めた。彼には探してくれる人がいるらしいから、私もその人に助けてもらおうと思って。
それも間違いだったのかもしれない。

「左門ー!何処だー!」
「あっ、作兵衛!こっちだー!」

遠くから聞こえた声に、神崎くんが声を張る。聞こえた方向はそっちじゃないよとどうにか向く方向を変えさせれば、すぐに男の子がふたり現れた。片方は縄で繋がれてて何プレイなのと思ったことは言わないでおこう。
「左門!勝手に動くなって、……」言葉尻が段々フェードアウト。ぱちくりと私を見る対の瞳に居たたまれなくなって、私は乾いた笑みを浮かべた。

「作兵衛、こいつも迷子なんだ!一緒に連れてってやってくれ!」

ああ、この台詞が一番悪かったのかもしれない。
とにかくこれが、この一連の流れが、迷子三号の不名誉な称号を与えられたきっかけだった。

ちなみに後で知った話だけれど、本当ならば校門の受付で外部入学生には学校内の地図が配られるらしい。それが、事務員のミスで『外部』でなく『内部』の生徒に配られたそうだ。
それさえあればきっと私は油断しなかったし、迷わなかったというのに!

「ちくしょう小松田さんめ!」
「言葉遣いが悪いよ時枝」

ジュンコちゃんを撫でる孫兵にたしなめられ、ジュンコちゃんが孫兵に同意するように舌を出す。少し熱くなりすぎたかもしれない、私にはクールダウンが必要だろう。オレンジジュースを一気に飲み干せば、少し気分も落ち着いた。
そうだ、小松田さんに当たっても仕方がない。あの人はそういう人なんだから。

「僕の注意を理解しなかった時枝が一番悪いよね」
「返す言葉もございません」




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