僕らの日常

「真下!どこ行くんだっ?」

あ、見つかっちゃった。
昼休み。こそこそと教室から出ようとしたところで呼び止められ、私は溜め息を吐いた。振り返るとそこに居たのはやっぱり、ちょっと怒った顔の富松くん。

「……富松くんには関係ないとこ」
「馬鹿っ、ひとりで移動してまた迷子になったらどうすんだよ!」
「大丈夫だよ、目と鼻の先だから」
「目と鼻の先で迷子になるのがお前ら方向音痴だろ!」

大きな声出さないでほしいな、教室の外からも視線が集まるのを感じて恥ずかしくなる。他の生徒にまで勘違いされたらたまったもんじゃない。うちのクラスメイトたちは、もう、諦めるしかないだろうけど。
私はこのクラスで、不本意ながら方向音痴三人組のひとりに数えられている。その手綱を握るのが富松くんで、私が方向音痴だとクラスメイトに勘違いされる原因になった人だった。
勘違いなのだ。私は断じて方向音痴じゃない。
一度歩いた道は忘れないし、地図を読んで目的地に向かうこともできる。隣のクラスに行くのに逆方向に走り出す神崎くんや次屋くんと一緒にされちゃ困るのだ。
ちなみに神崎くんと次屋くんは、富松くんが私にあれこれ言ってる間に教室の後ろのドアから出ていった。これで富松くんの昼休みはなくなったも同然だ。ざまみろ。

「作兵衛、大声上げてどうしたの?……って、時枝じゃないか」
「あっ、孫兵!」

丁度良く通りかかった孫兵の手を取り、富松くんから距離を取る。話を合わせてね、と富松くんに聞こえないように言うと、孫兵は状況が分からないままに頷いた。
それを確認して、不思議そうにしてる富松くんににっこり笑ってみせた。胡散臭い、とは後の孫兵の言葉だ。

「富松くん、私、孫兵と一緒に行くから心配しないで」
「で、でもよ……」
「もし時枝が迷子になったら、すぐ作兵衛に連絡するよ。それでいいだろ?」
「……まぁ、それなら」

私の言葉には渋ったけれど、孫兵が助け船を出してくれて富松くんは難しい顔のまま頷いた。そんなに孫兵を信頼してるのか、私を信用してないのか。多分後者だ。
富松くんの気が変わらないうちに、孫兵の腕を引いて歩き出す。離れてしまえばこっちのものだ。
っと、ああ、そうだ忘れてた。

「そういえば神崎くんと次屋くんがさっき後ろのドアから出てったよ」
「何っ?!あいつらまたかよ!」

これでよし。
昼休みは迷子探しに費やすだろう。さっさと済ませて教室でのんびりしようっと。



「ありがとうね、孫兵」
「いや。大変だね、時枝も。作兵衛は思い込んだら他の声が聞こえないから」

孫兵は富松くんの友達で、私の幼馴染みだ。家も隣の筋金入り。当然、私が方向音痴なんかじゃないこともよく知っている。
何度か富松くんに説明してもらえるよう頼んだけれど、どれも失敗に終わっていた。孫兵のせいじゃない、富松くんの思い込みが激しいのが悪い。
階段のところで、私は立ち止まる。階段を降りるだろう孫兵を見送るためだ。私の予想通りに階段を降りるつもりだった孫兵は、私を振り返ると小さく笑う。

「教室まで送らなくて平気?」
「当たり前。孫兵はさっさとジュンコちゃんのとこに行っておいで」

用を済ませて教室に戻っても、富松くんはいないだろうからうるさく言われる心配はない。何より幼馴染みの逢瀬を邪魔する道理があるわけない。孫兵は頷くと、階段を早足で降りていった。踊り場で振り返ったときに手を振って、さて、私もとっとと用を済ませよう。
階段のすぐ隣、ふたつ並んだドアの片方を押し開ける。ここばっかりは説得を諦めて連れてきてもらうわけにもいかない。トイレの前で待たせるなんて、私も富松くんも恥ずかしいに決まってる!




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