僕らの仲直り

放課後、誰もいない教室で、富松くんと対峙する。神崎くんや次屋くんがいないのは、孫兵が何か言ったのか、それともただの偶然なのか、私には分からないけど、そんなことは今はどうでもいいや。
何から言おうか。昨日から考えてきたことがすっ飛んで真っ白になった頭で考える。沈黙がすごく気まずいし、ずっとこのままじゃ駄目だから、まずは。

「とっ……富松くん、ごめんなさい」

緊張して変に大きな声を上げてしまった。取り繕うようにして再び発したところ、思いの外するりと謝罪の言葉が滑り出る。一度出てしまえば、言いたかったことがするすると言葉になって流れ出た。

「酷いこと言ってごめんね。嫌いなんて言ってごめんね。無愛想にしててごめんね。無視しちゃってごめんね。それから、」
「真下」

拙い謝罪の言葉は、富松くんに名前を呼ばれてぴたりと止まった。やっぱり怒ってるだろうか。許してもらえないだろうか。反応が怖くて恐る恐る顔をあげれば、富松くんの表情が目に入る。
視線をさ迷わせる様は不安げで、下がった眉は悲しそう。けれどぐっと握り拳を作ったあとに合わさった目は、しっかりと私の目を見てくれる富松くんの目は、そんなもの吹き飛ばしてしまったみたいに力強かった。

「俺も、ごめん。ずっと勘違いしてて、真下はいつも『違う』って言ってたのに、ちゃんと話聞かねぇで。本当に、悪かった!」

神崎くんたちを呼ぶみたいに大きな声、そう言い終わるのと同時に勢いよく頭を下げる。大嫌いだったその声は、でも、今はそんなこと感じなかった。
そういえば、はじめてだ。いつもは目を逸らしていたから、その声を出すときの富松くんを見たのは、今日がはじめてだった。
だから、富松くんのその真剣な顔を見たのも、はじめて。
富松くんはいつも一生懸命だったんだと、私はようやく理解した。精一杯に心配していたから、声だって大きくなるし周りも気にしてられなかったんだろう。
そうなるくらいに私のことも、心配してくれてたんだ。優しい人、だったんだ。それに気が付くと嬉しくて、申し訳なくて、ごちゃごちゃとした感情が胸に溢れた。感極まるってこういうことかなんて考えながら、泣いちゃいそうなのを何とか堪えて、私は笑う。

「ね、富松くん。今までのこと、おあいこにしてくれる?」
「……真下がそれでいいなら」
「よかった。それとね、富松くんが良ければ、友達になってくれる?」
「俺は……ずっと友達だと思ってた」
「そっか。友達だから、心配してくれてたんだ。じゃあ、また、仲良くしてね」
「……おう」

私は手を前に出す。いつか神崎くんがそうしたときみたいに。手を繋ぎたい、というわけじゃなくて、私が最初勘違いした理由でだけれど。
その意図を察してくれた富松くんは、同じ手を伸ばしてくれる。それをぎゅっと握れば、あったかいその手は、私の手を振り払うことはしなかった。
顔が赤くなったり青くなったり忙しい富松くんに、私はもうひとつ言いたかった言葉を口にする。ずっと言いたかった、けれど今までの関係のなかで素直に言うのは躊躇われた言葉。

「はじめて会った日、入学式に連れていってくれたこと、本当に感謝してるから。ありがとう」

富松くんにとって迷子だった私からの、最後の言葉。
これで迷子と保護者の関係はおしまいだ。




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