僕らの後悔

その日から富松くんは私に話しかけなくなった。話しかけられなくなった、が正しいか。何か言いたそうにしているけど、そういうときは徹底的に無視をした。クラスメイトとして最低限の受け答えはするけれど、それ以外は徹底的にシャットアウト。困ることなんてあるわけがなかった。
休み時間にトイレに行って、時間内に帰ってくるなんて当然できる。選択科目や理科室なんかのよく使う教室の場所はとっくに覚えたし、学校の地図はいつも生徒手帳に挟んでいるから初めて使う教室に行くときも困らない。私は神崎くんや次屋くんとは違うのだ。
暫くするとクラスメイトの誤解も解けて、集合場所に来れないんじゃと遠回しに言われて断られ続けた遊ぶ約束なんかもして。やっと解放されたのだと、神崎くんたちの悲しそうな視線や三反田くんの何か言いたげな表情は、ちょっとだけ痛む良心と一緒に見て見ぬ振りして。

「最近、作兵衛が元気無いんだよね」

孫兵の言葉に、心臓が凍りついた、気がした。

孫兵は気にせず、ジュンコちゃんを撫でながら続ける。気にせず、というか孫兵は私の反応なんて確かめるつもりもないんだろう。此処は孫兵の部屋だからジュンイチやマチコちゃんもいるし、気にかけるのもそっちを優先するのが当然だから。
孫兵がいつも通りなことにほんの少し安心して、私はその言葉に耳を傾ける。富松くんのことを聞くのは怖かった。けれど、孫兵の言葉を無視することはできない。ジュンコちゃんたちと一緒にいるときの孫兵は本当に伝えたいと思っていることしか言わないと、私は長い付き合いの中で学んでいた。私と富松くんのことを真剣に考えてくれたのなら、それを無下にするなんて出来るわけがない。

「作兵衛が悪いことを想像して怯えるのは珍しいことじゃないんだけど。でもただ落ち込んでるのは、ちょっと珍しい」
「……私のせいだって言いたいの?」
「いいや。僕だって、作兵衛の思い込みについては時枝は悪くないと思ってるし、時枝がキレたのも仕方ないと思ってる。何度言っても聞く耳持たなかったことには僕も呆れてたし、そろそろ怒るべきかジュンコと相談してた」

ねぇジュンコ。孫兵が愛する彼女に語りかければ、ジュンコちゃんは同意するように身をくねらせる。こちらを見つめるジュンコちゃんの目にはすべて見透かされているような気がした。
「じゃあ、なに?」絞り出した声で先を促せば、孫兵はジュンコちゃんの視線を追うように振り向いた。

「拒絶するのはやめてあげなよ」

拒絶。してないなんて嘘は吐けない。誰にでもそうと分かるくらい、私は富松くんを拒絶していた。
富松くんと廊下で鉢合わせたら、呼ぶ声無視して方向転換。富松くんが近くにいれば、話しかけられないように友達との話を盛り上げた。態度に言葉に、話し掛けないでと突きつけた。
そのせいで富松くんに元気がない。
自業自得だと思うことは否定できないけど、笑う気にはなれなかった。

「拒絶だけじゃ、何も始まらないし終わらないよ」

話も聞いてあげないのは、頑なになっちゃうのは良くないことだ。聞いてくれない辛さは私も知ってる。泣きたいくらいに悲しいことを知っている。本当はちょっと違うけれど、でも、そっか、これじゃあやってること、一緒か。
真っ直ぐにこちらを見つめる孫兵に、私は躊躇いがちに口を開いた。

「……私、方向音痴じゃないの。方向音痴って言われるのは嫌だったし、そのことで笑われるのも嫌だった」
「うん」
「でも、酷いこと言っちゃったのは、無視しちゃったのは、謝りたい」

大声で名前を呼ばれるのは怖かった。勝手に動くなと怒られるのは理不尽だと悔しくなった。何度違うと言っても、話を聞いてくれないのも腹立たしかった。
けど、それでも、傷つけたいわけじゃなかった。

「孫兵」
「うん」
「……次はちゃんと聞くよ、富松くんの話」

やられたからやり返すなんて連鎖は悲しい思いしか生み出さない。私は苦しんだし、富松くんにも苦しませてしまった。既にやってしまった後だけれど、だからこそ、次に私がしなくちゃいけないことは謝ることと仲直りだ。
明日、ちゃんと富松くんと話をしよう。いつも一方的だったから、聞く耳を持たなかったから互いに伝わらなかった。明日はちゃんと正面から向き合って会話をする。伝わらなくても、伝わるまで話をする。
頑張るからね。そう宣言した私に、孫兵は表情を優しくして、ジュンコちゃんはちろりと舌を見せた。笑ってるみたいだった。




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